真水稔生の『ソフビ大好き!』


第66回 「過去、現在、そして未来へ」   2009.7

何気なくテレビを見ていて、素敵なCMを見つけた。
それは、
愛昇殿(名古屋市を中心に葬儀場を展開する会社)のCMで、
道を歩いていた若いお母さんと幼い息子が、
人や物とすれ違うたびに、年齢を重ねた姿に変わっていく、というもの。
最後は、
お婆ちゃんになったお母さんが、
結婚して子供が出来た息子夫婦らと仲良く歩いている光景で終わる。

年月の経過を描いただけの、なんでもない映像なのだが、
なんでもないだけに、それがリアルに感情を刺激し、逆に印象的だった。
命の尊さや人生の素晴らしさといったものが、実感として、強く伝わってきたのだ。

バックで流れている岡村孝子さんの曲(『forever』)も、
胸が締めつけられるほどに切なく美しく、抜群の効果をあげていた。

たった30秒の間に、
自分がこれまで過ごしてきた日々への愛しい思いが込み上げてきて、
思わず泣けてしまった。
素晴らしい映像作品だった。

テレビを見ていて、
映画でもドラマでもなく、
スポーツ中継でもドキュメンタリーでもなく、
まさかCMから、
こんな感動をもらえるとは思ってもみなかったのだが、
僕は、その時、
以前体験した、似たような心の震えを思い出した。

それは、
今から21年前、初めてアンティークTOYショップに入った時の事。

入り口付近に吊ってあった小さな棚の上に並んでいた、
マルサンやブルマァクの懐かしいソフビ怪獣人形たちを見た瞬間、
思わず涙がこぼれた。
幼い頃それで夢中になって遊んだ思い出が猛烈な勢いで甦り、
当時の家の様子や町の風景、若い頃の両親、一緒に遊んだ友達の顔などが
次々と脳裏に浮かんできて、
まるで津波のように押し寄せてきた切ないまでの恋しさに、
涙腺の堤防が決壊してしまったのである。

愛昇殿のテレビCMは、
そんな、ソフビ怪獣人形たちとの “感動の再会” に似ていた。
21年前のあの時と同じように、
穏やかな感触ながらも熱い衝撃で、過ぎ去った日々を瞬時に甦らせ、
今、自分が生きている事の喜びを、
やさしく強く、胸に響かせてくれたのである。

僕のコレクションの原点が、そこにあった。
大切な思い出が、今を豊かにしてくれて、明日への夢も見させてくれる。
僕にとってソフビ怪獣人形は、
人生を明るく楽しくそして有意義に生きるための、必須アイテムでもあるのだ。

たまたまテレビから流れてきた素敵なCMがそれを思い起こさせ、
とても幸せな気持ちにしてくれた。

せっかくだから、
もう少し、その喜びや幸せを噛み締めよう。
21年前の記憶を辿り、“感動の再会” について綴りながら・・・。


元々は、
柏原芳恵さんの水着グラビア目当てで10代の頃に買った雑誌が
部屋の整理をしていた際に出てきたのが、
全ての始まり。
社会人になって2年目、24歳の夏だった。

芳恵ちゃんには随分お世話になったなぁ(笑)、

などと学生時代を思い出しながら、その雑誌をペラペラとめくっていたら、
東京の下北沢に
ソフビ怪獣人形をはじめとする、懐かしいオモチャを売っている店がある、
という記事が載っているのを見つけた。
僕はそこで初めて、
幼い頃夢中で遊んだソフビ怪獣人形が
アンティークTOY(絶版玩具)として世の中に流通している事を知った。

また、
別の雑誌(これも柏原芳恵さんのグラビア目当てで購入(笑))には、
ヒカシューのキーボーディストである井上誠さんがソフビ怪獣人形を集めている、
という写真付きの記事が載っていた。
部屋の中で無数のソフビ怪獣人形に囲まれた井上さんの写真を見て、
ソフビ怪獣人形を蒐集する、という大人の趣味がある事も、
その時初めて知った。

無性に、ソフビ怪獣人形に会いたくなった。

というのも、
その頃の僕の唯一の楽しみが、
当時深夜に再放送されていた『ウルトラQ』と『ウルトラセブン』を
夜更かしして観る事であり、
子供の頃の思い出の中に生きる “怪獣” を慕わしく思う気持ちが、
非常に高まっていた時でもあったからである。
大学時代からやっていたバンドも解散してしまい、
つまらないサラリーマン生活に虚しさを覚えはじめていた事もあり、
少年時代の夢が甦るその深夜のひとときだけが、僕の心の活力源であったのだ。

そんな時に目にした、
懐かしいソフビ怪獣人形に関する記事は、
魂を揺さぶるような刺激を、僕に与えてくれたのである。

後日、当時付き合っていた彼女にその話をすると、

 「怪獣の人形があるかどうかはわからないけど、
  なんか古いオモチャのお店だったら、私の友達の家の近くにあるよ」

と言うので、
名古屋にもそんな洒落たものがあるンだ、と喜び、
早速、出かけてみた。

小さな店だった。
扉の向こうを覗くと、
ブリキのオモチャやミニカーがショーケースに並んでいるのが、ガラス越しに確認出来た。
不二家のペコちゃん人形や、懐かしいサンダーバードのプラモデルの箱も見えた。

・・・ソフビ怪獣人形もあるかもしれない。

僕は期待に胸をふくらませながら、その扉を開けた。
そして見つけたのが、
先述の、
小さな棚の上に並んでいたマルサンやブルマァクのソフビ怪獣人形たちである。

4体あった。
今でも鮮明に憶えている。
ゴドラ星人とペギラとバラゴンとゲゾラ。

僕には、
その怪獣人形たちが、

「ねぇ、僕たちの事、憶えてる?」

って話しかけてきた気がした。

涙が溢れ出るまで何秒くらいかかっただろう。
お店の人がこっちを変な目で見ている事に気づくまで、
僕は、ボロボロ涙をこぼしながら、ずっと怪獣人形たちを見つめていた。

以前、第10回「僕が愛したウルトラセブン」の中でも述べたが、
そこで感動のあまり、ブルマァクのゴドラ星人人形を買ってしまったのが、
僕のコレクションの始まりである。

最初は、
コレクターになんかなるつもりはもちろん無かったし、
それを購入しようとも思っていなかった。
ただ、会いたい、
今でもこの世にあるのなら、ぜひもう一度見てみたい、
それだけだった。
でも、
いざ再会したら、
即座に “欲しい” と思ってしまった。
幼い頃の抱きしめたいような思い出や
失われていくものへの郷愁が、急激に僕の心を突き動かしたのだ。

ただ、
ゴドラ星人の人形を手に取った僕の、

「これ、いくらですか?」

という問いに対する、

「1万円です」

というお店の人の事務的な回答は、流れる涙を一瞬にして凍りつかせた(笑)。

アンティークTOYというものはプレミアがついて高価、という事を
まったく認識していなかったその時の僕にとって、
1万円という金額は
あまりに法外であり、ショッキングなものだったのだ。

「・・・い、い、いちまんえん?」

驚き、そして怖くなり、
失礼しました、とばかりに店を出た。

堅気の商売をしているお店ではないと思った。
以前、会社にパンチパーマの恐いお兄さんが突然現れ、
「このしめ縄を2万円で買え」と迫ってきた事があったが、それを思い出した。

今では笑い話だが、
そんなふうに
ビビって逃げ出した、というのが、
僕のアンティークTOYショップデビューなのである。


だが、帰宅後、
ゴドラ星人をはじめとする4体のソフビ怪獣人形たちの事が、ずっと頭から離れなかった。

 このままで本当にいいのか。
 せっかく再会出来たのに、逃げて帰ってきてしまって、
 あのソフビ怪獣人形たちは淋しい思いをしていないだろうか。
 今日、僕が彼らと再会した事には、
 人生において何らかの意味があるのではないだろうか。
 本当に買わなくていいのか。

僕は、悩みに悩んだ末、

 1体くらいなら、
 高価なアンティークTOYを持っていても罰は当たらないだろう、
 それで育った世代なのだし、欲しくなるのは当然の事だ、買うのも当然の事だ、
 よく考えたら1万円なんて、
 彼女と映画を観て食事して帰ってきたって
 それくらいはかかるのだから、
 別にたいした金額じゃない、
 この熱い思いを叶えるには、むしろ安すぎるくらいの買い物だ、

と、
そんな、
自分自身を無理矢理に納得させるような結論(笑)に達し、
翌日またそのお店へ出かけて
ゴドラ星人の人形を購入した次第である。

(正確には、翌日行ったらお店が休みだったので、
 そのまた翌日に出かけて購入。
 2回も出直して、
 ようやく手に入れる事が出来た。・・・“御苦労さん” な話である(笑))


だが、
“1体くらいなら” どころか、
それが何百体、何千体と増え続け、
“1万円” どころか、
収入のほとんどをつぎ込んでいく事になるとは、夢にも思わなかった。
思わず涙してしまうほどの “感動の再会” は、
価値観や常識をも超えてしまう、とてつもなく強いパワーを秘めていたのである。

まさに、人生が変わった瞬間だった。




        記念すべき、僕のソフビコレクション第1号、ゴドラ星人
        ブルマァク製スタンダードサイズ。全長約22センチ。


  ゴドラ星人は、
  『ウルトラセブン』の代表的な敵キャラであるが、
  セブンが苦戦するほどの強敵ではなかったので、
  決して人気怪獣というわけではなかったと思う。
  それどころか、

    「本気で地球を侵略する気があるのか?」と

  地球人の僕ですら説教したくなってしまう意味不明かつ詰めの甘い言動が多く、
  番組史上屈指の “残念な敵キャラ” であった、と言える。
  特に、
  自分が仕掛けた時限爆弾の場所と爆発までの時間を、
  聞かれてもいないのに
  自慢げにベラベラしゃべってしまったあのマヌケぶりには、再放送を見る度に失笑した。
  
  ・・・にもかかわらず、
  ウルトラセブンと戦った敵、と言われると、
  エレキング、メトロン星人、キングジョーなどの人気怪獣と一緒に、
  憧れの対象として必ず思い浮かんでしまうのである。

  それは、やはり、
  ユニークな姿形のせいであろう。
  SF色が強く、子供番組にしてはちょっと高尚な『ウルトラセブン』の洒落た世界観に、
  ゴドラ星人の垢抜けた容姿は見事にマッチしていたし、
  子供心を惹きつける独特の雰囲気もあった。

  洗練されたカッコよさを持ちながら、子供が感情移入しやすい姿形をしていたのだ。
  マヌケな言動をフォローして余りある、優れた造形の宇宙人であった。

  この人形は、
  そんなゴドラ星人の魅惑の容姿が、見事に再現されている。
  セブン怪獣のソフビ人形は、
  下半身が一体成形のため脚が可動しないものが多いが、
  その仕様が、
  実物のイメージを壊さないカッコいい怪獣人形を作る事に
  最も効果的に作用した例ではないか、と思う。
  マルサンの造形ではあるが、
  この、隙の無い安定感を誇るフォルムは、
  ブルマァクが後に独自に開発する、
  “実物の着ぐるみをリアルに表現しながら綺麗にまとめあげる” という造形にも、
  通じている気がする。
  
  あの時僕が、
  4体あった中からペギラでもバラゴンでもゲゾラでもなく、
  このゴドラ星人を選んだのも、
  人形を通して幼い頃抱いていたゴドラ星人に対する “好感” が、
  胸に深く残っていたからである。





        
     以前にも紹介した事があるが、
     これがゴドラ星人人形のスタンダードサイズのバリエーション。
     向かって左から3体がマルサン製で、
     右端がその金型を流用したブルマァク製。
     コレクターになって、
     ゴドラ星人のほかにも
     いろんな怪獣のソフビ人形をコレクションしているのはもちろんの事、
     このように、
     ゴドラ星人の人形自体も
     カラーリングの違いでいくつも所有している現在、
     右端の人形を1体買うのに一晩悩んでいたあの頃が、
     我ながら実に微笑ましい(笑)。




  よし、良い機会だから、
  あの時ゴドラ星人人形と一緒に並んでいた、ほかの3体も紹介しよう。
  ゴドラ星人の人形同様、
  そのカラーリングの違いをも追い求めて、
  今ではそれぞれ何種類も所有してしまっている、愛しいコレクションたちである。


  ペギラ
  マルサン製。全長約22センチ。

  この、伝統的な理想の力士像である “あんこ” の形をした丸っこいフォルムこそ、
  マルサンソフビの典型である。
  人形のどこを持っても痛くないそのやさしい触感は、
  子供の頃の、ほのぼのとした時間の記憶に、温かみを帯びて繋がっている。
  旧き良き時代の怪獣人形の基本形と言えるだろう。
  
  そして、
  実物のペギラも、
  怪獣という生き物が併せ持つ、“愛嬌” と “恐怖” という要素が、
  実にわかりやすく表現された、言わば怪獣の基本形であった。
  南極に行ったら本当に生息してそうな、生き物としてのリアリティを保ちつつ、
  ファンタジー性に富んだその絶妙なデザイン・造形は、
  “怪獣” と言うよりは、“夢の生き物” という表現がピッタリ。
  それほど強暴な雰囲気も無いし、眠そうな顔の表情からは、愛くるしささえ漂う。
  しかし、
  黒雲を纏いながら飛行したり、
  口からマイナス130度の冷凍反重力光線を吐き出したりするところは、
  子供心にとても恐ろしく、迫力満点であった。

  『ウルトラQ』第5話「ペギラが来た!」で
  初めてウルトラシリーズのメガホンを取った野長瀬三摩地監督の、

    「やるからには、僕なりの『ゴジラ』から始めたかった」

  という思いそのままに、
  ペギラは、
  ウルトラ怪獣のルーツとも言える存在となり、今でも根強い人気を誇っている。

  また、
  好評につき番組2度目の登場となった第14話「東京氷河期」における、
  その見事なまでの大暴れっぷりは、
  まさに “テレビ版ゴジラ” という感じで、強烈なインパクトがあった。
  とにかく魅力的な怪獣だった。
  ペギラを好きでない怪獣ファン・ウルトラファンなんて、おそらくいないだろう。

  ご多分に洩れず、僕もペギラは大好きで、
  実はあの時、
  ゴドラ星人人形を買うかペギラ人形を買うか、最後まで迷ったくらいである。

どっちを買おうか考えながら、
何気なく人形の足の裏を見て、

そういえば、
子供の頃持ってたソフビ怪獣人形って、
足の裏にブルマァクのマークが入っているものと、
ブルマァクのマークが無いかわりに
こんなふうに線が入ってたものがあったなぁ、

と思い出した。
後者は、マルサン製のソフビ人形である。

  ブルマァクがソフビ怪獣人形に無遠慮に刻んだ牛のマークの刻印は、
  その絵柄といい大きさといい、子供心にとても印象的だったため、
  “ブルマァク” というメーカー名は、はっきりと記憶していたが、
  “マルサン” というメーカー名は、
  そのソフビで遊んでいながらも、認識はしていなかった。

  あの時の僕は、
  マルサンという偉大なメーカーを、まだ知らずにいたのだった。
  初々しい話だ(笑)。


   ペギラ人形のバリエーション。
   上の4枚の写真のうち、
   向かって右下の写真の2体のみブルマァク製スタンダードサイズで、
   あとは全てマルサン製。
   これらとは異なるカラーリングのペギラ人形も、まだまだ存在する。

 

コレクターじゃない人達には、

 「同じ怪獣の人形を、
   こんなにいくつも買って何が嬉しいの?」

と嘲笑されそうだが、
嬉しいのだから仕方がない(笑)。



  また、マルサン製のペギラ人形には、
  足の側面に
  マルサンのマークの刻印が有るか無いか、
  の違いがある。
  単なる押し忘れか、
  発売時期の違いによるものか、
  真相は不明。

  ・・・それにしても、
  人形の形体を損ねてまで
  無遠慮にデカデカと自社のマークの刻印を入れるブルマァクと違い、
  足の内側に、申し訳なさそうにそっと薄く小さく、
  それどころか刻印自体を入れない場合もあるなんて、
  マルサンというメーカーは、なんて慎ましやかなんでしょう(笑)。





  バラゴン
  マルサン製。全長約23センチ。

  怪獣の恐さ・迫力を表現しつつ、
  子供のオモチャとしての可愛らしさも表現された、
  いかにもマルサンらしいソフビ怪獣人形である。

  そして、
  ペギラ人形同様、“あんこ” の形をしたこの丸っこいフォルムが、
  オモチャがオモチャらしく輝いていた時代の温かさを、
  やさしく語りかけるように伝えている。
  手にした子供たちの、
  夢を見たり空想したりする力を育ませるための “ゆとり” が用意された造形なのだ。

  僕には、それが、
  マルサンが何十年も先を見越して人形にかけておいた “魔法” である気がしてならない。
  大人になった怪獣少年たちからも愛してもらえるように、
  あらかじめ計算尽くで、
  怪獣人形に仕掛けておいたノスタルジアの細工のように思えるのである。


  あの時、ゴドラ星人人形と一緒に並んでいたバラゴン人形は、角が欠損したものだった。
  実は、その翌月に
  僕は雑誌に載っていた東京は下北沢のショップを訪ねるのだが、
  そこで、ちゃんと角の折れてないバラゴン人形を見つけて、

    「あぁ、やっぱ角があるとカッコいいなぁ」

  と、しみじみ感心して購入してしまった。
  それが、この人形である。

  ただ、その前に
  ほかにもいくつか怪獣人形を買って所持金がなくなってしまっていたので、
  予約だけ入れてその日は名古屋へ帰り、
  次の給料日を待って送金、
  宅配便で送ってもらって入手、という運びとなった。

  ソフビを買うために働く、という生活が始まりつつあった(笑)。


  また、下の写真のように、
  マルサンには発売時期により違うカラーリングのものがある事と、
  ブルマァクには、
  スタンダードサイズのほかに
  ジャイアントバラゴンなる全長約33センチの大きな人形がある事を知り、
  僕の中で眠っていた収集癖が
  いよいよ呼び覚まされていく事になった。

向かって左から2体がマルサン製、
右の2体は
ブルマァク製の
ジャイアントサイズとスタンダードサイズ。





バラゴンをはじめとする、
ブルマァクのジャイアントサイズの怪獣人形には、
このように手に持たせて遊ぶために
東京タワーのソフビが付属しているものがある。

袋入りのデッドストック品でない限り、
紛失しまっている場合がほとんどなのだが、
やっかいな事に、
この付属の東京タワーソフビにも、
バージョン違いがあるのである。

僕が確認したところでも、
下の写真のように、
成形色および塗装色が違うもの、
下部のバリが除去されていないもの、
が存在している。


               まぁ、“やっかいな事” ではなくて、
               実は “楽しい事” なンだけど(笑)。





  ゲゾラ
  ブルマァク製。全長約23センチ。

  昭和45年公開の東宝映画『ゲゾラ・ガニメ・カメーバ 決戦!南海の大怪獣』に出てきた、
  宇宙生物がカミナリイカに憑依して誕生した怪獣。

  躍動感のある造形、迫力に満ちたボリューム感、
  マイナーな怪獣でありながら、
  ブルマァクの傑作ソフビのひとつだと思う。

  当時通っていた銭湯の番台の上に、この映画のポスターが貼ってあり、
  「観たい」、「連れてってほしい」
  と何度も母親に頼んだが、結局連れて行ってもらえなっかった。


  あの時ゴドラ星人と一緒に並んでいたものは、
  数日後に誰かに買われてしまったようで、手に入れられなかったが、
  コレクターになって1年くらい経った頃、
  ソフビなんか置いてないだろうと期待せずに入った古道具屋でこの人形を見つけ、
  飛び上がらんばかりに歓喜しながら購入した。

  幸せいっぱいの気分で帰宅すると、
  今は亡き母親に、

     「あんた、また怪獣買ってきたの?
      もうすぐ結婚するンだで、少しはちゃんと貯金しやぁ!」

  と怒られたので、
  このゲゾラという怪獣が
  子供の頃何度頼んでも連れてってもらえなかった映画の怪獣である事を説明し、
  怨念に近い濃厚な思いがあるゆえ買わざるを得なかった旨を伝えた。
  すると、

     「なぁに言っとるの!
      連れてったった映画の怪獣も、あんた、たくさん買っとるがね。
      とろい事言って因縁つけとってかんわぁ!」

  と、更に怒られた(笑)。

 ・・・にもかかわらず、
 このように、
 色違いも後に購入。
 お母さん、ゴメンナサイ(笑)。  
  ちなみに、向かって右側の人形は、
  手(バンザイしている2本の足)が、
  左右同じ型のものが誤って取り付けられている。
  当時、と言うか、ブルマァクには、よくある事です(笑)。


   これが映画に出てきた3匹。
   向かって左端がカメーバ、右端がガニメ。
   ゲゾラだけ手に入れて満足していられるわけもなく、
   早々に購入した僕の三種の神器(言葉の使い方、間違ってる?)。


 ちなみに、
 このようにカメーバにも色違いが有り。

 ・・・貯金なんか出来るわけがなかった(笑)。


   上の写真は、
   バンダイミュージアムで5年前に限定発売されたもの。
   まさに現代のソフビ。
   もう、オモチャとは呼べないくらい、リアルな造形である。


                   劇中のカメーバさながらに、首が伸びる。


               決戦! 昭和ソフビ 対 平成ソフビ

          「実物に似てるから、って、
             デカい態度してンじゃねェぞ、てめぇら!」

          「何だと、このヤロー、
             お前ら、それでもカメーバやガニメのつもりか!? 笑わせるな!」

          「何をっ!?
             てめぇらこそ、それでもオモチャのつもりか!?
               子供がどこ持って遊んだらいいのか、わかンねぇじゃねぇか!」

          「うるせぇ、こちとら、ガキのオモチャじゃねぇンだ!」

          「何だぁ?
              じゃあ、大人のオモチャなのか? この変態野郎!」

          「くだらねぇ事を言ってンじゃねぇ!
             もう、お前らの時代じゃないンだよ! 引っ込んでろ!」


                         ♪



アンティークTOYのコレクター、なんて言うと、
経済的に裕福な人がまず頭に浮かんでしまうが、
資産家の息子でも商売で成功したわけでもない普通のサラリーマンだった僕が
結婚して家族を養いながら続けるコレクター生活は、
有名コレクターの方々のような優雅なものとは
全く別世界の日々だった。
必死だったのだ。
薄給ゆえの少ないお小遣いをやりくりして続ける、
それはそれは、息も絶え絶えな毎日だった。
何を血迷ったかサラリーマンすら辞めて役者になどなってしまい、
固定収入が得られなくなってしまった現在では、
以前、第57回「夢を食べて生きる 〜コレクターの本懐〜」の中でも述べた通り、
食費が足りなくなったり、光熱費が払えなくなったりしながら続ける、
もう、まるで
修行か罰ゲームのような生活である(笑)。

けれど、僕は幸せ。
好きな事だけして暮らしているのだから、いつも笑っていられるし、
コレクションであるソフビ怪獣人形たちが、
気持ちや暮らしそのものをポジティブなものにしてくれるからである。


昔を懐かしむのは、決して後ろ向きな事ではない。
過ぎ去った日々の大切さを悟れば、
その時間ひとつひとつの積み重ねである現在に感謝する気持ちも生まれよう。
そして、それこそが、
生きている事の喜び・幸せの実感であり、未来を拓く事にも繋がっていくのである。

今回、
このエッセイを書くきっかけを与えてくれた愛昇殿のテレビCMは、
そうやってきちんと生きていく事の素晴らしさを、その尊さを、
僕に再認識させてくれた。
そして、
僕のソフビコレクションの原点も思い起こさせてくれた。
本当に素敵なCMだった。


余談だが、
そういえば先日、ニュースで或るアンケートの結果が発表されていた。
関東地方の6〜89歳の男女計3000人に
印象に残ったり好感を持ったりしたテレビCMを毎月最大5つまで記入してもらう、
という筆記式アンケートで、
1年間に亘って実施されたものだった。

それによると、
昨年の4月から今年の3月までの1年間に流されたテレビCM17,765作品のうち、
その約6割が、視聴者の印象にほとんど残っていない事が判明、
CMを出した2019社中、
777社のCM10,147作品は全く記載されなかった、との事。
その中には、
年間に905回も同じCMを流していた企業があったほか、
一つの商品のCMに3億円以上を費やした企業が3社もあったそうである。

調査を行ったCM総合研究所の代表の方が、

  「CMと販売には関連性があり、
   印象に残らないCMは企業に貢献せず、日本経済のロスですらある」

と、当たり前の事だけど非常に厳しいコメントをしていて、
改めてテレビCMというものについて考えさせられた。

僕も、東海ローカルながらテレビCMには時々関わらせて頂いているが、
当然の事ながら、
視聴者の心に残るCMにしたい、と常に思っている。
僕なんかが出来る事は
たかがしれているだろうけど、
せっかく使ってもらったのだから、
その企業には貢献したいし、ディレクターの期待にも応えたい。
そして何より、そのCMを見た人の気持ちを惹きつけたい。
愛昇殿のCMのような素敵な映像作品にまではならなくても、
せめて、
アンケートで全く記載されないようなCMにはしたくないものである。



                 前回へ       目次へ       次回へ