真水稔生の『ソフビ大好き!』


第9回「足の裏のロマン」 2004.10

ソフビ怪獣人形の足の裏には、マジックインキで名前が書いてある事がよくある。
元の持ち主の名前だ。
当時、ソフビ怪獣人形は爆発的人気で、
近所の子も親戚の子もみんな持っていたから、
一緒に遊ぶとどれがうちの子の人形だかわからなくなる、と考えた親の仕業である。

でも、そんな配慮は実は無用だった。
たとえ自分と同じソフビ怪獣人形を他の子が持っていたとしても、
微妙な色使いの違いや気泡の有る無しなどで、僕らにはちゃんと見分けがついていたのだ。
にもかかわらず、
ソフビ怪獣人形の足の裏には
黒々とマジックインキで名前が書き込まれた。
公園の砂場や銭湯に置き忘れてきても
名前が書いてあれば紛失を防ぐ事が出来る、という利点があったからだ。

これは、
さまざまな玩具の中で、ソフビ怪獣人形にだけ見られる傾向である。
“まさお” とか “みつひろ” とか、
マジックインキで名前が書かれた、ブリキ玩具やプラモデル、ミニカーや超合金など、
あまり見た事がない。

まるで刺青のように一生消える事がない足の裏のマジックインキは、
誰もが所有し何処でも遊ぶ事が出来たソフビ怪獣人形が、
その玩具としての優良さゆえ背負わされた “宿命” であったと言える。


骨董玩具という観点から見ると、
このマジックインキによる記名は、汚れや傷に匹敵する不良要素であり、
決して喜ばしいものではない。
ソフビ怪獣人形を集め始めた当初の僕はこのマジックインキが大嫌いで、
どんなに好きな怪獣で
どんなに塗装が綺麗に残っている人形であっても、
足の裏に名前が書かれたものは、コレクションには加えなかった。

でも、或る時、
奈良に住む従弟から送られてきた荷物によって、僕の価値観は変わった。
僕がコレクターになった事を知って、
僕がもうソフビ怪獣人形では遊ばなくなった年頃に彼にあげたメトロン星人の人形を返してくれたのだ。
よくぞ今まで持っていてくれたものだ、と感激した。

約20年ぶりに里帰りを果たした僕のメトロン星人人形は、
その色合いといい、質感といい、匂いといい、
懐かしさで僕の涙腺を瞬時に緩ませたが、
なんと、
足の裏にはマジックインキによる記名が・・・。

遠い日の記憶が甦る。
コタツが出ていたから季節は冬であろう。
メトロン星人の人形を買ってくれた母が、

 「お母さんは字が下手だから」

と言いながら、
父が仕事から帰ってくるのを待って、
帰宅した父にマジックインキを手渡し、人形の足の裏に僕の名前を書かせた。
そんな、
忘れていた何気ない光景を、僕ははっきりと思い出した。
なんだか胸がジーンとなった。


右足に僕の名前が書かれていたのだけれど、
従弟にあげた時点で、
彼の親が上から塗りつぶしたと思われる。
左足には、
御丁寧に怪獣の名前までもが書き込まれている。
書かんでもわかるっつの!(笑)


骨董玩具としての価値を落とす汚点にしか過ぎないと認識していた足の裏のマジックインキに、
思い出が詰まっていたり、親の愛情が込められている事に、僕は気づいた。
それ以来、僕は、
足の裏に名前が書いてある人形も喜んでコレクションに加えるようになった。

たとえそれが見知らぬ子の名前でも、
その子の幼少期の日常が染み込んでいるのだと思うと感慨深い。
復刻版や贋物が出回る昨今、
むしろ、足の裏にマジックインキによる記名がある人形の方が、
安心して、
時の彼方からやってきた美しさに甘く酔えるというものだ。

キャンディーズの歌で、
ランちゃんが作った『アンティックドール』というのがあり、
人形の視点で
1番目2番目3番目の持ち主の思い出が歌われている。
ソフビ怪獣人形の
足の裏のマジックインキの名前を見ながら、

 僕はこの子から数えて何番目の持ち主なのだろう、
 この人形は僕の事をどう思っているのだろう、

なんて、ふと思ったりする。
ソフビ怪獣人形がますます好きになってる今日この頃である。
  

余談だが、
先日或る骨董市で見つけて手に取ったミニ怪人の足の裏に、
なんと、“バカ” と書いてあった。
これは親の手による記名ではなく、子供が無邪気にした落書きであろう。
“バカ” は、落書きの定番と言えば定番だが、
大人になっても怪獣のオモチャを欲しがる僕に、
元の持ち主が
時を越えて送ったメッセージのような気がした(笑)。


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