真水稔生の『ソフビ大好き!』


第54回 「僕らのバロム・1」  2008.7

先日、後輩と二人で飲んでいて、
子供の頃好きだったテレビ番組の話になり、
『超人バロム・1』を知らない、と言われて驚いた。
思わず、

 「なんで知らんのォ〜!?」

と大声をあげてしまった。

その後輩は、
30代半ばで僕とは世代が違うし、特撮マニアでもなんでもない男なので、
詳しく知らないのは当然なのかもしれないが、
なんと、
見た事も聞いた事も無い、と言う。
『超人バロム・1』という番組を、その存在を、
全く知らないのである。

『超人バロム・1』が有名な番組だと認識していた僕にとって、
それは、とてもショッキングな出来事であった。
面と向かって平然とそんな事を言われ、
僕は初めて、
『超人バロム・1』を知らない人がいる、という現実を実感したのだ。

そういえば、昔、
ダウンタウン(僕と同年代)が『超人バロム・1』の事を漫才のネタにして
当たり前のように舞台の上でしゃべったら、
お客さんの反応が今ひとつだったのをテレビで見た事もある。

そうなのだ。
『超人バロム・1』を知らない人はたくさんいるのだ。
僕らの世代が、
メジャーな変身ヒーロー番組だと思い込んでいた『超人バロム・1』は、
実は、
一般的にはマイナーな存在だったのである。


『超人バロム・1』は、
昭和47年、つまり、変身ブームの真っ只中に放映されていた特撮ヒーロー番組で、
制作は、よみうりテレビと東映。
テレビ番組の歴史上、特撮ヒーロー番組が最も熱かった時期に登場した、
“変身もの” の代表的存在である。

めちゃくちゃ好きだった。
ウルトラとライダー以外で、僕がいちばん愛した番組だと思う。
いや、僕に限らず、
僕と同世代の人で『超人バロム・1』を好きじゃない人は、まずいないだろう。
先程、ダウンタウンが漫才のネタにしていた事を述べたが、
僕ら変身ブーム世代にとって
『超人バロム・1』は、
知ってて当たり前、絶対的存在にして、愛してやまないテレビ番組なのである。

とにかく熱かった。
もう、主題歌からして、強烈な印象を僕らの記憶に残している。
ブロロロロー! ギュンギュギュン! ズババババーン!
などと、
擬音をすべて口で言ってしまう頭の悪い(笑)歌詞が、
水木一郎さんの雄叫びと豊な歌唱力によって、
激しくかつ心地良く耳に飛び込んできて、実に爽快。

しかも、
元気が出るパワフルな曲調でありながら、メロディやアレンジは切なく美しく、
聴く者の涙腺をセンチメンタルに刺激する、
というスグレモノ。
作曲家・菊池俊輔さんの最高傑作、と言えるのではないかと思う。

当時、あの歌を聴いて、
心を揺さぶられなかった子供はいないだろう。
一度聴いたら忘れられない、凄まじい歌だった。

ヒーロー番組主題歌史に、
燦然と光り輝くその名曲のタイトルは、『ぼくらのバロム・1』。
そう、
バロム・1は、僕らのヒーロー。僕らのバロム・1。
誰が何を言おうと、
たとえ知らない人の方が多かろうと、
バロム・1は、僕らの、
僕らだけの(笑)、超メジャー級スーパーヒーローなのだ。


ちなみに、
ダウンタウンの御二人は、漫才のネタにとどまらず、
コントやトークにもよく『超人バロム・1』の話を持ち出すし、
山田邦子さん司会のトーク番組に出演された際には、
冒頭で『ぼくらのバロム・1』を熱唱(しかも2番まで)する、
という強い愛情を見せている。
邦子さんは、
呆れ気味に笑っておられ、理解出来ない様子だったが、
あの歌を選曲した松本さんと浜田さんの心情は、
同世代の僕には実に納得出来たものだ。
先日も、
『ガキの使いやあらへんで!!』を見てたら、
 「あなたにとってヒーローとは?」
と聞かれた浜田さんが、
 「バロム・1」
と即答していた。
やはり、僕らの世代にとって『超人バロム・1』は、
当たり前の、非常に愛しい存在なのである。


そんなわけで、
大好きな『超人バロム・1』について、
どうしても思いの丈を書き綴りたくなったので、今回、取り上げる事にした。


まず、最も特筆すべき点は、
なんといっても、
二人の小学生(白鳥健太郎と木戸猛)が合体変身する、
という事だろう。
これは過去に例が無いし、斬新で、奇抜で、強烈なインパクトがあった。

健太郎と猛が、お互いの腕と腕を交差させ「バロムクロス!」と叫ぶと、
二人は超人バロム・1に変身するのである。
実にユニークな“変身”だ。

でも、
子供が二人合わさったただけで、どうして超人になれるのか。
普通に考えて、ありえない。
知力も体力も、
超人どころか、一般の大人一人にも満たないだろう。
では、なぜバロム・1は超人なのか。

変身のメカニズムに、その答えがある。
健太郎と猛は、
“友情” のエネルギーで変身するのである。
物質的なものではなく、精神、それも子供の汚れなき心をエネルギー源にしているため、
二人は、無限とも言える力を持った超人になれるのだ。
二人を正義のエージェントに選び、その変身能力を与えたコプーは、
子供の純粋さに偉大な可能性を見い出し、そこにすべてを託した、というわけである。

すごく夢のある設定であったと思うし、衝撃的だった。
それに、
二人が喧嘩していて相手を思う気持ちが欠けていると、
友情のバロメーターがゼロという事で、
変身出来なかったり変身が解けてしまったりするのも、面白かった。

“友情のバロメーター” ってのが何なのかは、よくわからなかったけど(笑)。


だが、独特な発想で面白いのはこの設定だけで、
あとは、
はっきり言って、当時の爆発的人気番組 『仮面ライダー』 の真似であった。

『超人バロム・1』という新番組の製作にあたり、
『仮面ライダー』の亜流にならぬよう東映は充分に配慮した、と言われているが、
当時7歳や8歳だった僕ら子供の目から見ても、
それが『仮面ライダー』の亜流である事は明白だった。


登場するキャラクターは、
怪人を魔人、
戦闘員をアントマン、
と、呼称は変えてあるものの、
容姿や能力、役回り、といったものは、ほとんど同じでよく似ていたし、
お話の展開や雰囲気も、独創性に著しく欠けていた。
たとえば、
必殺技を生み出す時も、
ライダーが
立花藤兵衛(おやっさん)に崖の上から岩を投げてもらって特訓すれば、
同じようにバロム・1も、
木戸松五郎(松おじ)に崖の上から岩を投げてもらって特訓、と

 嘘でもいいから別の方法でやってくれよォ、と

突っ込みたくなるくらい同様だったし、
復活したドルゲ魔人たちが一人一人名乗りを上げるシーンなども、
僕ら当時の子供たちを熱狂させた映画『仮面ライダー対ショッカー』における、
生き返ったショッカー怪人たちが地獄谷に勢ぞろいする、
あの有名なシーンの縮小版、といった感じの、
明らかな模倣だった。

だいたい、
作品の概略・設定の説明ナレーションが入るオープニングや
CMの直前直後のイラストによるアイキャッチなど、
番組のフォーマットからしてそっくりで、弁解の余地無し、といった感じである。

亜流以外の何物でもなかった。

しかも、
そうやって、とことん真似したにもかかわらず、
『仮面ライダー』と比べると、シャープさやスマートさに欠けていて野暮ったく、見劣りがした。

先程の、
特訓で生み出した新しい必殺技のネーミングも、
ライダーが、
“電光ライダーキック” という、あかぬけたセンスだったのに対し、
バロム・1は、
通常使う爆弾パンチに “必殺” を付けただけの、“必殺爆弾パンチ” という何の工夫も無い名前で、
新しさもパワーアップ感も何も感じさせない、なんだかドン臭いセンスだったし、
肝心な戦闘シーンのアクションも、
ライダーが、
「とうっ!」というカッコいい掛け声でスピーディに戦うのに対し、
バロム・1は、
「かぁーっ!」とか「スパーッ!」とか、
なんだか締まらない叫び声をあげながら、いまひとつ切れが無いバトルを展開していた。

見ていて、どうにもダサいのである。
残念な作品なのだ。

・・・だけど、
だけど、そこが、
そのダサいところが、『超人バロム・1』の最大の魅力であった。
『仮面ライダー』の真似してるけど、
『仮面ライダー』のようなカッコよさには、およそ到達していないその“ダサさ”こそが、
親近感のようなやさしい印象を与え、多くの子供の心をとらえたのである。

理屈じゃなかった。
一生懸命カッコいいヒーロー番組になろうとしている雰囲気がなんとも滑稽で、
無性に愛おしかったのだ。

一部の大人たちが「子供の情操教育に悪影響を与える」と問題視した、
グロテスクな造形のドルゲ魔人たちも、
子供心には全く不快感の無い、楽しいキャラクターでしかなかった。

そのおちゃらけた仕草や、
本気でバロム・1に勝とうとしているとは到底思えないマヌケな言動の数々が、
気色悪い姿形を絶妙に緩和していたのだろう。
人類を恐怖のどん底に陥れる存在なのに、
どうにも憎めないのである。

“子供向け特撮ヒーロー番組の敵キャラ” というものを極めた、
素晴らしいモンスターたちであったと思う。

深海や地中という暗闇からやってきたとは思えぬ、あの素っ頓狂に明るい性格は、
おぞましい外観と反比例して、とても愉快なものだった。
ミッキーマウスやアンパンマンが可愛くて、
どうしてドルゲ魔人が可愛くないのか、僕には全然わかならない。
・・・おかしいかな?(笑)

以前、第4回「「身震いするほど夢を見る 〜増田屋スペクトルマンの魅力〜」の中で、

“ゴジラ怪獣やウルトラ怪獣に比べて
 スペクトルマン怪獣は明らかに安っぽくてダサいのだが、
 それを少しも恥じる事なくストレートに表現し、
 ゴジラやウルトラの世界には無い“えげつなさ”で、
 子供達の心にその個性を強烈に印象づけている”

と述べたが、
ドルゲ魔人は、このスペクトルマン怪獣の心意気と同じで、
端からカッコよさでショッカー怪人と勝負しようとはしていない。
開き直っているのである。
そこが凄い。

それは、
同じ生き物がモチーフとなった怪人同士を比較するとわかりやすい。
たとえば、
“イカデビル” と “イカゲルゲ”。

イカデビルは、
あの大幹部・死神博士の正体であり、
ライダーキックを封じて、一度はライダーに勝利する実力派。
デザインや造形も、
まさに“烏賊の悪魔”といった感じでカッコよく、
黄金のショッカーベルトがよく似合う、超A級怪人である。

一方、イカゲルゲは、
バロム・1にあっさり倒された普通の弱い魔人で、
その出で立ちも、
タイツ姿の上から上半身にイカの着ぐるみを被っただけの安易なもので、
どこか真剣味に欠け、品が無い。
でも、
それが “味” として活きていて、魅力的なのだ。

必ず敗れる哀しい運命をわきまえた上での安っぽさは、
ヒーロー番組には重宝な要素であり、存在価値のあるものなのである。
それはそれで “有り” なのだ。

つまり、
イカデビルが料亭のような高級寿司店で出されたお寿司だとすると、
イカゲルゲはリーズナブルな値段の回転寿司店のお寿司、
いや、コンビニで売ってるお寿司のようなイメージなのである。
だから、
横にはタコもエビもちゃんとある。
そう、
『仮面ライダー』では、
イカの怪人が登場したからといって、安易にタコの怪人やエビの怪人を登場させたりはしないが、
『超人バロム・1』には、
イカゲルゲがいればタコゲルゲもエビビルゲもちゃんといるのである。
その辺りも、
両番組の質の違いを物語っている、と言えるだろう。

名前が出たから、ついでに説明すると、
タコゲルゲやエビビルゲも、
イカゲルゲ同様に、
弱くて、安っぽくて、これまた品格の欠片も無い、失笑もののキャラクターであった。

タコゲルゲは、
なぜか幼児みたく指をくわえるのが癖で、
怒ると頭のてっぺんから湯気を出す、という、
見るからに低能な、
悪のエージェントとしての誇りを一切待たぬヤツ。
ダムを破壊する事が使命だが、
使用する兵器が、
“タコ爆弾” というギャグみたいな名前だったりする。

エビビルゲは、
健太郎と猛を喧嘩させ、バロム・1に変身出来ないようにする作戦を試みるが、
健太郎と猛の芝居(敵を欺くための嘘の喧嘩)に
まんまと引っ掛かり、失敗。
喧嘩していて変身出来ないと思い込んでいた健太郎と猛が仲良く笑い合うのを見て驚き、
オタオタ動揺して、

「なぜだ?
  お前たちが喧嘩しているところを、
    俺は、このまぁるい目ではっきり見たぞォ」

などと馬鹿丸出しのセリフまで吐いてしまう、単純でマヌケで、どうしようもないヤツだった。
僕は当時、
テレビを見ていてこのエビビルゲのセリフを聞いた時、思わず吹き出してしまった事を憶えている。

姿形もやる事も、一応ショッカー怪人っぽいンだけど、
何かフザけてて、どこか安っぽい。
だけど惹かれてしまう。
それがドルゲ魔人だった。

そうやって、ドルゲ魔人たちは、決して気取る事なく、

 「子供が喜ぶ事なら、何でもしまっせーっ!」

とばかりに、
その特異な個性を、わかりやすく、サービス精神全開で見せつけてくれていたのだ。

その勢いは、
人体をモチーフにした怪物がドルゲ魔人として登場する後半(第21話以降)で、
一気に加速する。
クチビルゲ、ウデゲルゲ、ヒャクメルゲ、ノウゲルゲ、クビゲルゲ・・・、
あの、えげつないまでに不気味な姿形は、
悪の権化である敵役モンスターの“到達点”であった気がする。
あそこまでやってくれたら、もう何もない。
現に、この後、
ヒーロー番組の敵役で、子供の心にあれほど強烈な印象を残す存在は現れていないように思う。

このように、
敵役のキャラクターひとつとっても、
子供を喜ばせるために、なりふりかまわず突っ走った番組の気概を感じてしまう、
それが『超人バロム・1』なのだ。

安易だろうが、幼稚だろうが、真似だろうが、
子供にウケればいい。
それが作品の特徴、番組の方針だったように思う。
前述した、
あの異常な歌詞の名曲主題歌からしても、
その突出した作品の世界観をあからさまに表していて、単純明快で実に潔いものである。

ダサくてそんなにカッコよくないンだけど、
一生懸命に僕ら子供たちを楽しませようとしてくれたその姿勢、
それこそが、
『超人バロム・1』の愛すべきところであり、愛された所以なのである。

大人たちから「子供に悪影響」とクレームをつけられても、
そして、
肝心の僕ら子供たちからも「真似だ」「幼稚だ」と馬鹿にされても、
それでも、
『超人バロム・1』は、僕らの相手をしてくれた。楽しませてくれた。

言うなれば、
いつも笑顔で遊んでくれた優しいオジサンのようなイメージだ。
一生懸命に子供の(僕らの)目線になろうと努力し、
時には他の大人がしないような事までして楽しませてくれた、面白いオジサン。
それが『超人バロム・1』という作品だったと思う。
素敵な番組である。


そんな愛しい番組の関連ソフビは、
当時、バンダイ(ポピー)から発売されていた。

例によって、僕の愛するコレクションの中からピックアップして紹介しよう。


まずは、バロム・1の人形から。


右端の2体は、成形色が異なる。
  向かって左から、約37センチ、約28センチ、約15センチ。

真ン中の約28センチのものが、
いわゆるスタンダードサイズだが、
このサイズの人形には、
付属品として、
ボップのオモチャが
一緒に袋に入っていた。

ポリエチレン製の本体に
シールが貼ってあるだけのチープなものだが、
ボップは、
敵が近くにいる事を感知して知らせたり、
愛車マッハロッドを出現させたり、
『超人バロム・1』には
必要不可欠な重要アイテムなので、
嬉しいオマケである。
でも、
人形とはサイズが全然合わないし、
バロム・1ごっこをする時に携帯して
使用するには小さすぎるし、
どうやって遊んでいいのかよくわからない、
謎の一品ではある(笑)。


これは、
約12センチの小さな人形で、
仮面ライダー人形やマジンガーZ人形などと
セット売りされていたもの。

バロム・1が、
当時の子供たちには、
仮面ライダーやマジンガーZと同レベルの人気キャラクターであった、
という証拠の品。

・・・ホントだよ。
ホントに人気があったンだってばぁ(笑)。


続いて、ドルゲ魔人の人形。

魅惑のドルゲ魔人たちは、
全長約25〜30センチのものと、約15センチのものがある。
まずは、
スタンダードサイズである約25〜30センチのものから。

ドルゲを含む4種の人形が発売されていたようである。

ドルゲ

 だから、勝手に目ン玉描いちゃあダメだってば、もぉ〜。

以前、第38回 「Z−TON 〜ウルトラマンが敗れた日〜」の中で
ブルマァクのゼットン人形の目玉に関しても述べたが、
キャラクターのイメージをぶち壊すようなものは、
僕はデフォルメとは呼びたくない。
これでは、ドルゲがドルゲでなくなってしまう。
昔のオモチャには、こういう、
気の利かない、と言うか、わかっていない、と言うか、
デタラメで無神経な仕事がされたものが、時々存在するので、
僕は口惜しい。
ほのぼのとした時代の象徴、という見方もあるかもしれないが、
ゼットン人形の目玉と同じで、
これは “間違い” だと僕は思う。
デフォルメは、
あくまでも、
キャラクターの魅力を表現するためのものであってほしいのだ。

   この、いたずら書きにも等しい目玉を除けば、
   はっきり言って、この人形は名作ソフビと呼べる出来である。
   ひじきを思い起こさせる頬の突起物や、
   わかめや昆布みたいな上半身のピラピラなど、
   その褐藻類のような形象が丁寧に再現された造形だし、
   カラーリングも、猛毒のような、ヘドロのような、人体に有害な感じがよく出ていて、見事。
   ドルゲというキャラクターの、 
   闇を支配するカリスマ性が巧く表現された、とても魅力的な人形なのである。
   
   それだけに、
   この不用意な目玉の描きこみが残念でならない。
   ここまで素晴らしい造形とカラーリングなら、
   見つめていれば「ルロロロロ〜」というあのドルゲの声が
   どこからともなく聞こえてくるような気がするはずだが、
   この目玉のせいで
   そんな楽しい錯覚も起きない。全てが台無しなのである。
   もう一度言おう。
 
     勝手に目ン玉描いちゃあダメだってば、もぉ〜。


 

 オコゼルゲ
    色違いで2種。
    どちらの人形も、塗装色が甘く香るようで美しい。

また、
そんな塗装色の違いのほかに、
この2体には、
口の中がくり抜いてあるか、ないか、の違いもある。
“クワァーッ!” というあの甲高い鳴き声が
今にも聞こえてきそうな顔の表情だが、
口の中がくり抜いてある方は、
その印象がより一層強い。



 フランケルゲ
   フナムシの魔人、フランケルゲ。
   『超人バロム・1』第2話にして、
   はやくもパワー全開でドルゲが本領発揮、といった感じの、猛烈におぞましい魔人の登場であった。
   それが、子供のオモチャとして商品化されたのだから、凄い。
   当時のソフビ怪獣人形という玩具の中で、
   おそらくこれほどまでに気色の悪いものは無いだろう。
   子供に「これ買ってェ」ってせがまれた親は、困惑しただろうなぁ(笑)。
   
   それだけに、
   実物のフランケルゲを忠実に再現したと言える、素晴らしい出来の人形だと思う。
   こういう人形を世に送り出すセンスと勇気があるメーカーなのだから、
   先述したドルゲ人形の目玉が、
   ポリシーのあるデフォルメではなく、時代の緩さゆえの軽率な仕事であった事が窺い知れるだろう。



 イカゲルゲ
   タイツの上に被り物をしただけ、という実物の安易な姿を、
   ちゃんと “魅力” として解釈し、忠実に再現している、イカす造形だ(シャレじゃないよ)。
   吸盤の感じなんかは、惚れ惚れするくらいよく出来ていると思う。
   それでいて愛嬌もあり、
   怪しくて、マヌケで、元気いっぱいで、
   実に楽しいソフビ人形である。
   ドルゲ魔人にクレームつけた当時の大人たちも、この人形なら許してくれそうだ。



次に、全長約15センチの人形。
ショッカー怪人のミニソフビより少し大きい、いわゆるミドルサイズクラスの大きさである。
ドルゲやアントマンを含め10種の人形が発売されていたようだ。
どれも、
リアルとデフォルメの間を楽しみながら浮遊するような造形美で、
恐くて気色悪いはずなのに何故か笑えてしまう、
というドルゲ魔人たちの魅力を、見事に表現している。
この味わいは、現在の商品では出せないものだろう。

                             ドルゲ2種 と アントマン


        オコゼルゲフランケルゲ          イカゲルゲミイラルゲ
        ケラゲルゲアンゴルゲ          エビビルゲモグラルゲ


ほかにも、色違いのものが若干存在するようだが、
ラインナップとしては、おそらく、ここまでしか当時発売されていないと思う。
わりと多い商品化数ではあるが、
いまだにドルゲ魔人に傾倒し続けている僕としては、やはり物足りない。
魅力的なドルゲ魔人は、ほかにもたくさんいるのだ。

「俺は水が無いとダメなんだぁ」と
わざわざ自分の弱点をバロム・1に申告してやられたナマコルゲや、

太った体につぶらな瞳で、
「お邪魔します。私、キノコルゲです」と言って現れる、
礼儀正しいのかフザけてるのか、よくわからないキノコルゲ、

「俺はお前と戦うのが面倒になった。だから死ぬぞ」
という、至言(笑)とも言える言葉を遺し、自ら命を絶ったミノゲルゲに、

♪ヤゴヤゴヤ〜ゴの子もりうた〜 と不気味な子守唄を歌うヤゴゲルゲ、

あるいは、

唇のお化け・クチビルゲや

腕と言いながら手の平のお化け・ウデゲルゲ、

体中に目がある女性(恐っ!)・ヒャクメルゲに

「伸びろォ、髪っ!」と言って
バキュームカーのホースのような長い腕(髪なの?)を相手の首に巻きつけるカミゲルゲなど、

言い出したら止まらない。
要は、
ドルゲ魔人全員をソフビ人形化して欲しかった、というわけである(笑)。


僕らの世代しか知らず、
僕らの世代にしか良さがわからない、というのであれば、
言ってみれば、
バロム・1やドルゲ魔人たちは、変身ブームに咲いた “徒花” である。
これらの人形は、
そんな切なく美しい花たちの分身。
郷愁と哀愁を滲ませながら、アンティークソフビとして今放つオーラは強烈なものだ。
『超人バロム・1』を見て育った僕は、
この徒花の人形たちが、愛しくて愛しくてたまらないのである。

あぁ、『超人バロム・1』を知ってる世代で、本当に良かったなぁ。
後輩には悪いが、絶対に僕の方が幸せである(笑)。
神様と両親に感謝。



また、
そんな僕のような『超人バロム・1』を愛する世代の人間が、
年齢的に、企業で発言権のあるポストについたためか、
この平成の世にも、
バンダイから、地味ではあるが、バロム・1人形が幾度か登場している。

これは、
平成3年に
“変身ヒーローシリーズ”として
発売されたソフビ人形。
全長約16センチで、
ウルトラヒーローシリーズや
ライダーヒーローシリーズと同サイズ。
ほかにも、
ロボット刑事人形やイナズマン人形などがあった。


      様々なヒーローを続々とリリース中のソフビ魂シリーズ。
      全長約16センチ。
      向かって左側は、
      一般に市販されたタイプで、発売は平成16年。
      右側のタイプは、
      その翌年に雑誌ハイパーホビーの誌上限定で発売されたもので、
      カラーリングを変えて、
      アンモナイルゲの持つ菌に侵され苦しんでいる時のバロム・1が
      再現されている。

      数あるヒーローの中で、
      敵にやられて弱っている姿が人形化されたのは、
      バロム・1だけであろう。
      ディテールにこだわったマニアックな造形や彩色、大いに結構だが、
      こんなバージョンは嬉しくない(笑)。
      せめて、
      バロム・1をこんな目にあわせたアンモナイルゲの人形と
      セットにしての商品化なら、まだ理解出来なくもないが、
      こんな瀕死状態のバロム・1だけ人形にされてもなぁ・・・。
      でも、
      そこが、また、なんともバロム・1なのだろうけど(笑)。


   

      これは、平成17年に
      バンダイミュージアムで限定発売された、全長約40センチもあるビッグソフビ。
      「バッロームッ!」と叫びながらのファイティングポーズが再現されていて、
      バロム・1ソフビの決定版と言えるアイテムだろう。

      よく見ると、両目の中には、健太郎と猛の姿も描かれている。

      確かに、
      バロム・1は変身後、顔がアップになり、目の部分に健太郎と猛が映し出され、
      そこで二人が会話するシーンが幾度かあったが、
      実際に目の部分に二人がいるわけではなく、
      あれはイメージ映像だと思うので、
      このポーズの人形に細工する事ではないような気がするのだが・・・。

      とは言え、
      購入後、人形の目の中に健太郎と猛を発見した時は、嬉しかったけど(笑)。




 番組のオープニングやエンディングに、
 こちらに向かって疾走してくるバロム・1の映像があったが、
 よく見ると、
 バロム・1の遥か後方に、
 一般の通行人や自動車が道を横切る様子が
 チラッと映ってしまっている。

 僕は子供の頃、
 その一瞬を見るのが、とても好きだった。
 作品とは無関係な人や車が
 バロム・1と同じ映像の中に存在している事で、
 自分が生活しているこの世界のどこかに
 本当にバロム・1がいるような気がして、
 胸がときめいたからである。

 厳密に言えばNGカットなのかもしれないが、
 見るのが毎回楽しみな、
 嬉しい映像だった。


そして、今でもバロム・1は、
当時の映像のまま、僕の心の中を疾走している。
ドッドッドッドッ・・・と、
あのカッコいいのかカッコ悪いのかよくわからない音をたてながら。

永遠のヒーロー、バロム・1。
僕らのバロム・1は、
明るく、楽しく、やさしく、そしてダサく、今も輝き続けているのだ。




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