真水稔生の『ソフビ大好き!』


第42回 「大ソフビ人形」  2007.7

ダウンタウンの松本人志さん監督の映画『大日本人』を観てきた。
製作発表記者会見でも
内容は一切明かされなかったので、

 いったいどんな映画なのだろう、

と非常に楽しみに劇場へ足を運んだ。

このエッセイに合わせて例えるなら、
“オモチャ屋さんの倉庫へ初めて入る時” のような気持ちだった。

 倉庫の中はどんなかな、
 昭和のオモチャがあるといいな、
 怪獣やヒーローがあるともっといいな、

なんて期待に胸を膨らませている時の、ワクワクする気持ちだった。

そして、
なんと松本さんのその映画は、
昭和の匂い漂う、怪獣と戦うヒーローの物語だったのである。

無理矢理、オモチャ屋さんに行く時の気持ちに例えたが、
怪獣やヒーローに会える、という点で、偶然にも一致していたのである。
驚いた。
そして、その驚きはすぐに嬉しい気持ちに変わった。

松本さんは僕より年齢がひとつ上。つまり、同世代。
怪獣ブーム・変身ブームの中で少年時代を過ごし、その世界に影響を受けた人間である。
ダウンタウンの初期の漫才に『超人バロム・1』のネタもあるし、
トークの中に子供の頃のテレビ番組の話が出てくる事もよくある。
それをパロディにしたコントも少なくない。
考えてみれば、
そんな松本さんが生まれて初めて監督する映画が
怪獣・ヒーローものであっても、何の不思議もない事なのかもしれない。

僕は、若い頃、ダウンタウンの“クイズ”ネタの漫才を
テレビで見て大爆笑して以来、松本さんをずっと尊敬してきた。
天才だと思っている。
そんな松本さんが、僕と同じ時代を同じ年頃で過ごした人だという事を
改めて感慨深く思い、嬉しくなったのだ。

さて、映画の内容だが、
まず、ドキュメンタリー風にして、主人公の日常を淡々と追う演出に感心した。
笑いと哀しみが紙一重のところにある事を
リアリティーをもって伝えてくれるその映像からは、
松本さんのただならぬ才能を感じずにはいられなかった。

この主人公が戦わなければならない“敵”は、
街で暴れる怪獣だけではなく、時に世間であったり、時に別れた妻であったりする。
あの視点、あの設定は、
凡人では生み出せないアイデアだと、僕は思う。

また、
そうやってヒーローの裏側にある苦悩や葛藤を切なく描きながらも、
“のら” について語りだすところや
“怪獣” を “獣(じゅう)” と呼ぶ事に関して理屈をこねるくだりは、
まさに松本ワールドな “笑い” が散りばめられていて、
面白かった。

いざという時に大きくなって活躍する、という点で主人公が気に入っている、
折り畳み傘や乾燥ワカメ、といった小道具の使い方も巧い。
お話の盛り上げ方に、
映画作りに慣れていない新人監督の未熟さを感じなくもないが、
そういった松本さんの異質なセンスが充分にカバーしていたように思う。
怪獣のCGも良かった。

終盤、中村雅俊さんの『ふれあい』が、主人公が居酒屋から帰宅するシーンに流れるが、
テレビドラマ『われら青春!』の第13話 
  (『ふれあい』が初めて披露された回で、歌詞の一部がテーマになっているお話)や、
それこそ、映画『ふれあい』のラストシーンよりも、
映像に曲がマッチしている気がして、
主人公のあまりに哀しい境遇が胸にジーンと伝わってきた。

だが、
なんといっても賛否両論分かれるのは、
最後に『ごっつええ感じ』を思い起こさせるコントに変わってしまう事だろう。
ひとつひとつ丁寧に積み上げてきた積み木の家を、
あと少しで完成というところで叩き壊してしまったイメージだ。

あれは、
松本さんが “映画監督” という気取った立場に、
照れくさくて恥ずかしくて、もうそれ以上立ってられなくなった悶絶の表れではないか、
と僕は感じた。

もちろん、
ただ得意の(と言うか本業の)コントに逃げてお茶を濁したわけではなく、
松本さんのいろんな感覚やメッセージがあの展開に含まれているのは解る。
あれが現在のアメリカと日本を表している事は明白で、
松本さん独特の風刺手段でもあろう。
また、
幼い日のときめきの中にも感じた、
巨大であるがゆえに5人、6人と揃うと露呈するウルトラ兄弟の絵的なマヌケさやリアリティーの無さ、
ヒーローが寄って集って一人の怪人をイジめてるようにも映るゴレンジャーのごっこ遊び的戦い、
といった、特撮ヒーローの滑稽さや悲哀は、
松本さんと同世代の僕には、理解を超えて“実感”する事が出来るものだ。
だからこそ、
急にCGから実写に変えて表現した、とも思える。インパクトだってあるし。

でも、僕の好みでは、
やはり、あのまま “映画” として終わってほしかった。
着ぐるみコントを
なにも映画でやる必要はないと思うし(逆に、映画でやったから凄い、とも言えるが)、
せっかくそれまでリアリティーにこだわって描いてきたのに、
全てが台無しな気がした。
あの瞬間、僕は思わず「えーっ!?」と声をあげ、顔をしかめてしまった。

だけど、映画を見終わった後、
あぁ、やっぱり松本さんはとことん “お笑い芸人” なんだなぁ、と安心したりもした。

そもそも、松本さんは、
映画を撮ろうとしたのではなく、
映画というフィールドで自身の“お笑い”を表現しようとしたのではないだろうか。

お笑い芸人としての顔とは別に “北野武” という映画監督の顔を持つビートたけしさんとは異なり、
松本さんはどこまで言っても “お笑い芸人” でしかないのだ。

松本さんは著書『遺書』(朝日新聞社)の中で、
お笑い一本で勝負する志村けんさんを “男前” だと評しているが、
それは松本さん自身の仕事に対するポリシーでもあるのだろう。
ドラマに出ようが
CDを出そうが
映画を撮ろうが、
松本さんにとって、それはあくまでも “お笑い” を表現する手段のひとつにしか過ぎないのである。

最後まで “映画” として作ってほしかった残念な気持ちはあるが、
筋が揺るがない松本さんの生き様を再確認出来た事は、ファンとして嬉しかった。

ただ、
松本さんに興味の無い人や,
ダウンタウンをおもしろいと思わない人が、
純粋にあの映画を見て、どう評価するか、“微妙” なところだとは思う。
あのラストは、
僕らの世代、しかも松本さんの “笑い” が理解出来る人限定の “オチ” であり、
そうでない人にとっては、
無意味で馬鹿馬鹿しい、単なる “おふざけ” にしか映らない気がするので。

まぁ、
松本さんの言葉にもある通り、

 「どんな映画かは、見た人が決めてくれたらいい」

のだけど。


それにしても、
松本さんは俳優の才能もある。
松本さん本人としては、出演などせず、撮る事に集中したかったそうだが、

 「会社のオトナの事情で主演しなければならなかった」

と記者会見でおっしゃっていた。

僕は、
会社の事情でなくても、主演されて大正解だったと思う。
まぁ、脚本書いて演出するわけだから、
自分に合った言いまわしのセリフや、わりと得意な感情表現が多いだろうから、
作品世界にマッチした自然な芝居が出来る環境にあった事も大きいのかもしれないが、
とても巧いなぁと、思った。

別居している娘に会いにいく時の表情や仕草、
名古屋のスナックで酔っ払ってホステスさんたちにタクシーに乗せられるシーンの演技なんかは、
とても素晴らしいものだった。
凄いと思った。


・・・と、長い前置き、
しかも映画を見ていない人には “なんのこっちゃわからん” 文章で失礼したが、
今回のテーマは、そんな “大日本人” に因んで、大ソフビ人形。
ジャイアントサイズとかキングサイズとか、
メーカーによっていろんな呼び方がされる、
全長30〜40センチくらいの、大きなサイズのソフビ怪獣人形です。

苦しいにも程がある “こじつけ” ですな(笑)。

でも、当時、高価なためにお金持ちの家の子しか買ってもらえなかったこの大ソフビ人形たちは、
言い換えれば、
買ってもらえなかった子供の方が圧倒的に多かったオモチャであり、
スタンダードサイズの人形のように
多くの子供に愛され遊び尽くされるオモチャではなかったわけで、
その淋しい宿命が、
怪獣と戦うヒーローでありながら
一般庶民からは迷惑がられたり馬鹿にされたりしていている “大日本人” の悲哀に
なんとなく似ている気もする。種類も少ないしね。

ただ、子供の時に買ってもらえなかった憧れの品を、大人(コレクター)になった今、
自分の力で手に入れる、自分が働いて得たお金で買う、
という時の達成感、夢や憧れに辿り着いたような喜びは、格別のものである。

また、それら大ソフビ人形たちは、
そんな思いに充分に応えて余るだけの素晴らしい造形美を持っていて、
手にした時の感動や幸せを倍にしてくれるのだ。

というわけで、
僕の愛する大ソフビ人形の中から、今回は4点、ピックアップしてみました。


 ドラコ
 ブルマァクの最高傑作と名高い、ジャイアントドラコ。
 全長約32センチ。
 コレクターになったばかりの頃、
 倉治隆さんの『怪獣玩具』というソフビ写真集に載ってる
 このジャイアントドラコの写真を毎日食い入るように見つめては、
 手に入る日をずっと夢見ていた、憧れのソフビ。
             ★
 ウルトラマンと戦う事もなく、
 簡単にレッドキングに倒されちゃった弱いヤツゆえ、
 あまり人気がある怪獣ではなかったドラコが、
 なぜジャイアントサイズ人形で商品化されたのか不思議だが、
 大人になった今、実物のドラコをビデオ等で見直してみると、
 着ぐるみを作った高山良策さんの優れた造形力に感心し、
 カッコいい怪獣だなぁ、としみじみ思う。
 たぶん、当時のブルマァクの担当者も、
 子供に人気があるかどうかはあまり深く考えず、
  「この怪獣、カッコいいなぁ」
 っていう、“大人目線”で選んだのではないか、と想像する。
 だからこそ、このような、
 実物の姿を重視した造形になっているのではないだろうか。
 あの甲高い鳴き声が今にも聞こえてきそうな
 戦闘意欲むき出しの表情や、
 岩のように硬そうな皮膚の表現は、
 いつ見ても惚れ惚れしてしまう。大好き。


 ツインテール
 ドラコと並び、ブルマァクのソフビ怪獣人形の中でも
 その見事な造形美は
 圧倒的に群を抜いているジャイアントツインテール。
 全長約40センチ。
 実物のツインテールのデザインの奇抜さやカッコよさは、
 誰もが認めるところ。
 こんなぶっ飛んだセンスの容姿なのに、
 全然気味悪くないところに、日本の “怪獣” の偉大さがある。
 この人形も、おそらく、
  「この怪獣、変わってておもしろいねぇ」
 みたいな大人の感覚で商品化された気がするが、
 このように、実物の造形の素晴らしさを正しく理解し、
 更にその魅力を十二分に引き出しすデフォルメで、
 実物以上に輝いて見せるソフビ怪獣人形ほど、
 素敵なオモチャはないと思う。
           ★
 下の写真は、ブルマァクのツインテール人形のヴァリエーション。
 後列向かって左から、
 ジャイアントサイズ、ジャイアントサイズ試作品、
 スタンダードサイズ、
 スタンダードサイズ塗装色違い、
 前列向かって左から、
 ミドルサイズ、ミドルサイズ型違い、
 ミニサイズ、ミニサイズ塗装色違い。
 どのサイズの人形も、
 実物のカッコよさを破綻させない、絶妙なデフォルメ造形。最高。
    




 カメバズーカ
 御存知『仮面ライダーX3』に登場したデストロンの怪人。
 背中からバズーカ砲は放つわ、
 体内には原子爆弾が埋め込まれてるわ、実に危険な人(笑)。
 写真は、全長約50センチもあるジャンボマシンダー。
 ポピーのジャンボマシンダーは、
 マジンガーZのロケットパンチが飛び出すギミックと
 その前代未聞の大きなサイズがウケて、
 1年間で70万個も売れた、玩具史にその名を残す大ヒット商品。
 その人気に、X3やデストロン怪人も便乗した。
 このカメバズーカ人形には、
 バズーカ砲が飛び出すようなギミックはないが、
 大きさと造形が放つ迫力は、
 やはり当時のソフビ人形の中では圧倒的な凄さ。
 子供の時はギリギリ世代から外れていて、
 買ってもらった経験も遊んだ記憶も無いのだが、
 弟がいる同級生の家に遊びに行くと見かける事があり、
 今の小さい子はずいぶんイカしたオモチャを
 買ってもらえるンだなぁ、と子供心に羨ましく思ったものである。
             ★  
 僕はこのカメバズーカ人形を
 東京の或るアンティークTOYショップで購入したのだが、
 あまりに大きいため、
 いちばん大きな紙袋に入れてもらっても頭だけが飛び出ていた。
 袋からひょこっと頭だけを出してるその様子がとても可愛くて、
 帰りの新幹線の中でもずっと見つめていたし、
 今でも棚から取り出して紙袋に入れ、
 その、頭だけ出した状態にして眺めたりしています(笑)。




 アイアン
 全長約35センチの歩行人形。ヨネザワ製。
 手を引いてやるとヨチヨチ歩く、大きいけど可愛いオモチャ。
 ミラーマンと激しい戦いを繰りひろげるからこそ
 魅力があるこの怪獣を、
 手を引いてヨチヨチ歩かせる人形なんかにしてしまうセンスが、
 なんとも “昭和”。
 当時は、絶対、親にねだったりはしないオモチャだが、
 今ではホッと心を和ませてくれる、素敵な存在である。
             ★
 その昔、
 結婚10周年になったら妻にスイートテンダイヤモンドを贈ろう、
 と、柄にも無い事を密かに思い、
 それ用に毎年少しずつ貯金していた。
 だが、哀しい事に、結婚生活は9年で破局。
 目標額が貯まった時には、妻は僕の傍にはいなかった。
 そんな時、或るアンティークTOYショップに、
 この歩行アイアンが入荷。
 スイートテンダイヤモンドが、
 スイートテンアイアン、いや、ビターテンアイアンになってしまった。
 妻とはもう歩けない人生を、
 このアイアン人形と手をつないで歩いていこう。
 ・・・哀しい! 哀し過ぎる!(苦笑)


大きいという事は、やはり、迫力があるし、印象的だし、魅力的な事だと思う。
こんな僕でも、
背丈が大きい事だけは、他人からよく羨ましがられる。
でも、
ジャイアントドラコやジャイアントツインテールが、
ただ大きいだけでなく、造形の面でも優れた素敵なソフビだったように、
僕も、ただ大きいだけでない、美しくカッコいい人間になりたいものだ。
そして、
もっともっと中身を磨いて、図体だけでなく心も大きな人間になりたい。
本当の意味での “大日本人” に。


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