真水稔生の『ソフビ大好き!』


第176回 「才能」  2018.9



事務所なう(笑)。

打ち合わせがあったので久しぶりに来たのですが、
隣接する養成スクールでレッスンに励む子供たちに夢を与えるためか、
こんなのが、廊下の壁に掲示されていました。

所属タレントの、
現在させていただいてる主な仕事の紹介記事、ですね。

さも “売れっ子、活躍中” って感じで
僕のも貼ってありますけど、
実情は、
“役者業だけでは食えない” 身の上、これから朝まで、例によってアルバイトです。
しかも、その後、
午前中いっぱい、別のアルバイトも明日は入っています。

つまり、ダブルワーカー。
・・・いや、
事務所で打ち合わせした後で2つのアルバイトを掛け持つのだから、
トリプルワーカーか・・・。
54歳で・・・。

 あぁ~、
 芝居だけして生きていけたら、どんなに幸せだろう・・・。
 アルバイトしなくても生活出来るレベルに、なんとかしてなりたいなぁ・・・、

な~んて、
僕自身が夢を見ているのですから、
子供たちに夢を与える事など、到底出来ませんね(苦笑)。

ただ、

 愛情の持てない仕事を我慢して続けて
 毎月決まった給料もらっていても、僕の人生に意味は無い。

 養う家族もいないのだから、
 自分ひとりが食べていくくらいはアルバイトでも何でもして、
 あとの心と体と時間は、好きな事だけに使おう、

そう思って、
13年前、サラリーマンを辞め、この世界に入ったので、
ダブルワーカー・トリプルワーカーな現状は、
言ってみれば、
まんま思い描いていた生活。

こういう日常だと解かっていて、こういう日常を送りたくて、
自ら選んだ道なのです。
ゆえに、
何の苦労もストレスもありません。毎日が有意義で楽しい人生です。

別に、
強がりを言っているわけでも、
向上心を失ってしまっているわけでもありません。
僕は、
ただ漠然と “夢を見ている” のではなく、
もっと正確に言うと “夢を追っている” わけなので、
その夢を実現させるために
いろんな犠牲を払って捨て身で挑むのは、当然の事。
生活の安定など、二の次でいいのであります。

だって、
趣味の世界ですら、
欲しいソフビを手に入れるためには
食費削ったり、毎日同じ服着てたりするのですから、
それが仕事となれば尚更です。

 「いつまでも夢なんか見てないで、
     しっかり現実と向き合わなきゃダメだ」

なんて、
もっともらしい事を言う人が時々いますが、
失笑してしまいますね。
アホらしくて聞いてられません。
だって、
夢に向かって歯を食いしばり生きていくのが、僕の現実。
夢と現実を無理矢理引き離して
自分の気持ちを誤魔化して生きてるような人と、無駄話している暇は無いのです。
忙しいンで、僕。
なんたってトリプルワーカーだし・・・(笑)。

誰に否定されようと、どんなに馬鹿にされようと、
僕は自分の信じたものに人生を捧げます。

そもそも、

 自分の中にある心理や感情を客観化して誰かに伝えたい、

という衝動に取り憑かれ、
そこに生きる悦びを見出しているのが、表現者というもの。
その悦びのためなら、
貧しく厳しい暮らしなど、屁でもないのです。

それは、芝居に限らず、
音楽においても美術においても文学においても、同じ事でしょう。

生活を第一に考えて、
余った時間に余った心で片手間に表現したものが評価されるほど、
それらは甘いものではないし、
また、そんな生半可な気持ちで携わりたくもありません。

憚りながら、表現者の端くれとして “役者” を名乗る以上、
僕はそういう心得で生きているし、
神様も、
きっとそこを認めてくれているから、
子供たちに夢を与えられない現状でも、許してくれているだろうと思っています。


・・・と、まぁ、
言い訳はこれくらいにして・・・(苦笑)。

それにしても、
アルバイトの数や種類が、
学生の頃よりも社会人になってからの方が上回る事になるとは、
思いませんでした。

もっとも、
食い扶持のためにやり続けなければならない現在のそれと違って、
大学生時代のそれは、期間限定の単なる小遣い稼ぎですから、
比較するものでもありませんけどね。

地元の大学に通っていた4年間、
実家に住んでいたので、
家賃や光熱費は払わなくていいし、
食費だって、
デートや飲み会以外は家で食べるからタダ。
ゆえに、
アルバイトで得たお金は、
ほとんど、遊びや趣味に使えたわけです(幸せな話です、ホント)。

デート代や飲み会代以外では、
レコードを買うか、服を買うか、
あとは、
バンドの練習に使うスタジオ代、ってところが主でしたね。

以前にもチラッと述べましたが、
大学時代、バンドやってたンです、ロックバンド。

僕はベース担当だったのですが、
毎週末、メンバー全員でお金を出し合いスタジオを借りて練習し、
時々(年に数回)、多目的ホールやライヴハウス等でライヴをしてました。
もう、三十余年も昔の話です。 
         
   

う~ん、写真だと、演奏のクオリティが解からないから、いいなぁ(笑)。

・・・で、
当時、何回か出させてもらっていたライヴハウスの隣が、
なんと、オモチャ屋だったンです。

もちろん、
のちに、自分の生涯がオモチャ(ソフビ)と大きく関わっていく事になるなんて、
思いもしませんでしたので、
その頃は
特になんら気にしてなかったのですが、
今、考えると、
学生時代の趣味(バンド活動)と
社会人になってからの趣味(ソフビ怪獣人形蒐集)の、
それぞれの表象のようなものが並んでそこに建っていたわけですから、
なんだか感慨深いのです。


なので、今回は、
そのオモチャ屋にまつわる思い出話を、させていただこうと思います。

まず、
そのオモチャ屋とライヴハウスの間には、金網で囲まれた駐車場がありました。
10台分くらいのスペースが2列あり、
僕らは、

 オモチャ屋側の列がオモチャ屋の駐車場、
 ライヴハウス側の列がライヴハウスの駐車場、
 
だと勝手に思い込んで、
いつもライヴハウス側の列に車をとめていたのですが、
或る時、

 「あんたたち、いつもここにとめてるだろっ!」

って、
オモチャ屋から走って出てきた店員さんに凄い剣幕で怒られて、
その2列ともすべて
オモチャ屋の来客用駐車場である事を、知らされたンです。

ライブハウス側の金網に、
そのライヴハウスの看板がかかっていた事もあり、
僕らは勘違いしてしまっていたンですけど、
よく見ると、
駐車場の入り口付近に、

 ここはオモチャ屋の駐車場ゆえ、
    お客様以外の駐車はお断りします・・・云々、

って貼り紙が、ちゃんとしてありました。

にもかかわらず、
ライヴハウスへやってきた僕らが
いつも当たり前のように駐車していたので、
そのオモチャ屋にしてみれば、

 堪忍袋の緒が切れた、

ってとこだったのでしょう。
30代くらいのオジサンでしたが、
めちゃくちゃ憤慨していて、殺されるかと思ったくらい、怖かったです。

もう、全員で平謝り。
オモチャ屋の駐車場だとは本当に知らなかった旨を必死で説明して、
なんとか許してもらった次第です。

でも、
本来なら、
罰金を請求されたり、警察に通報されたりするところを、
それをしないでくれたのですから
感謝しなければならないのに、
その駐車場が
いつもスカスカの空車状態であった事と、
店員さんの鬼の形相にビビらされた悔しさから、

 「店が流行らンもんで、八つ当たりしやがってよォ、
  あんなオモチャ屋、
  客なんか来るわけねェがや、ターケ!」

などと、
身勝手な愚痴を、メンバーにこぼしていた僕です。

まさか、たった2年後、
そんな僕自身が
客として
その店にいそいそとやってくる事になるとは、夢にも思わず・・・。

そうなンです。
大学を出て就職し、
その翌年からソフビ怪獣人形のコレクションを始めるわけですが、
或る時、ふと、

 そういえば、あのライヴハウスの隣、オモチャ屋だったなぁ・・・、

と思い出し、
何か昔のソフビが倉庫に残っていないか、
そのオモチャ屋に、僕はハンティングに出かけたのです。

どこで何がどうなるか、
人生なんて、ホント、わからないものです。

行ってみると、
隣のライヴハウスは、
跡形も無く消え去っていて、更地になっていました。
まぁ、僕らが出してもらえるようなライヴハウスでしたから、
潰れてしまったンでしょう、たぶん(苦笑)。

アルバイトとバンドに明け暮れた大学生生活が
もうすでに思い出になってしまった事を、
視覚によって、
改めて思い知らされ、感傷的な気分になった次第です。

ただ、
一方のオモチャ屋の方は
2年前のまま営業してましたので、

 そんな事より、オモチャオモチャ、ソフビソフビ、

と、すぐさま我に返り、

 今日はれっきとした客なのだから、

と、因縁の(笑)駐車場に堂々と車をとめ、大手を振って店内へと向かいました。

その時、
更地になったライヴハウス跡を背に
生き生きとオモチャ屋へと歩いていく自分の姿を、
ふと、俯瞰で捉え、

 思い出を胸に、過去から希望の未来へと進んでいく・・・、
 う~ん、まるで人生の縮図を描いた、
 映画かテレビドラマのワンシーンのようだ、

って思った事を憶えています。

もう、その頃から、
意識のどこかに、“役者になる自分” があったのか、
それとも、
ただの自意識過剰か、よくわかりませんが・・・(苦笑)。


まぁ、それはさておき、
肝心なのは、店内に入ってからの話。

おもちゃハンティングの場合、
通常、
店頭の商品をある程度購入し、
“ひやかし” でなく “客” である事をしっかり認識してもらって信用を得てから、
自分が昔の絶版玩具を蒐集している旨を伝え、

 よっかたら倉庫内を見せていただけませんか?

と切り出すのですが、
当時はバンダイのウルトラ怪獣コレクションが
袋に入って販売されていた時期(いわゆる2期)であったにも関わらず、
そのオモチャ屋では、
なんと、初版の人形(下記の3種)も一緒に店頭で売られていたので、
倉庫内を見せてもらう前に、
もう、すでに “収穫有り” で、ニンマリしてしまいました。

単なる売れ残り品を
現行商品に混ぜて売っていただけなンでしょうけど、
ほかの一般のオモチャ屋では、
ウルトラ怪獣コレクションの初版はもう取り扱っていない絶版玩具。
それゆえ、
アンティークTOYショップでは、すでに値段(プレミア価格)も付き始めていたので、
見つけた事はもちろん、
それを定価(現行商品である2期と同じ値段・500円)で購入出来る事が
とても幸運に感じたられたのです。

あの怖い店員さんはいなかったものの、
無断駐車の罰か祟りか
なかなかの冷たい対応で倉庫は見せてもらえませんでしたが(苦笑)、
充分、来た甲斐はあったので、満足でした。 
   
   
カネゴン
バンダイ製 ウルトラ怪獣コレクション(初版)、全長約17センチ。

大きなワゴンに、
当時の現行品である袋に入った2期の人形たちが山積みにされていて、
その中にひとつだけ、
裸の状態で放り込まれているこの人形が目に入った時は、

 うわ~、袋が破けて商品が外に出ちゃってるじゃん、
 杜撰な商品管理の店だなぁ・・・、

と、一瞬、馬鹿にしたのですが、
近づいてよく見てみたら、
現行品のカネゴンと色が違うし、人形本体にタグが打ち込まれていたので、

 ・・・え?
 初版じゃん、これ。
 やったぁ!

と、心の中で歓喜しました。
                     
このカラーリングも相まって、
その時の僕には、
人形がまるで金塊のように見えたものです(笑)。
   
向かって右側が、当時の現行品である2期。
やはり、
初版の人形の方が、金塊に見えやすいカラーリングになってます(笑)。
 
   
アボラス
バンダイ製 ウルトラ怪獣コレクション(初版)、全長約17センチ。 

金塊カネゴンを握りしめながら、
ほかにも初版は無いか、と、
その現行品の山をゴソゴソと捌いたら、この人形が出てきて、更に歓喜。
 しかも、アボラスは、
 なぜか
 2期のラインナップからは
 外されていたので、
 初版の人形の中でも
 当時の稀少感はワンランク上。

 なので、
 まさに、宝を掘り当てたような感覚で、
 嬉しかったですね、ホント。
   
キーラ
バンダイ製 ウルトラ怪獣コレクション(初版)、全長約17センチ。

そして、
いちばん底には、この人形も埋まってました。
しかも4個も。

カネゴン人形とアボラス人形は
それぞれ1個ずつしか残っていませんでしたので、

 こんなところにも、
 人気怪獣とそうじゃない怪獣の差が出るンだなぁ・・・、

って思ったものです。 
ただ、その時の僕は、
自分のコレクションが増える喜びで頭の中がいっぱいで、
フツーに、
1個だけ買って帰ってきたのですが、
後日、ゲイトウエイの杉林店長にその話をしたら、

 「なんで、4個全部、買ってこんの!?」

と叱られました(苦笑)。

ダブったものはトレードに使えるし、
それこそゲイトウエイさんのようなアンティークトイショップに
買い取ってもらえばお金にもなるゆえ、
安く買えるなら
買えるだけ買ってきた方が得ですからね。
杉林店長が思わず声を荒らげたも無理はありません。

でも、
コレクター1年目の僕には、
そんな発想、まったく浮かばなかったのです。
初々しい話です(笑)。  
              慌てて残りの3個を買いに走りましたが、
もう、1個も残っていませんでした。

2週間ほどしか経っていなかったのですが、
その間に、誰かが買っていったンですよねぇ・・・。

一期一会、肝に銘じた次第です(笑)。 
バンダイの
ウルトラ怪獣コレクション(ウルトラ怪獣シリーズ)を紹介する際、
いつも述べる事ですが、
ほとんどの初版の人形が、
2期以降の人形よりもサイズが大きいので、
理屈抜きの “迫力” があるンですよね。

キーラはその筆頭でしょうか、こんなにもサイズが異なります。 
 
“運命の導き” を信じる僕は、
帰りの道すがら、
これら戦利品(笑)を
車の中で信号待ちの度にマジマジと見つめては、

 あそこのオモチャ屋で、今日、こいつらと出逢うために、
 大学の4年間、
 僕はバンド活動してたのかもしれないなぁ・・・、

なんて考えて、
胸をときめかせたものです。

 そんな大袈裟な・・・、

と笑われるかもしれませんが、
無断駐車して怒られる、なんて事が無ければ、
社会人になってからあのオモチャ屋を思い出す事も
なかったかもしれませんので、
なんか、すべての事が、“偶然” じゃない気がするンですよね。

 人生に無駄は事は無い、

なんてよく言われますが、
現在起きている事や今自分がしている事が、
将来の何かに繋がっていくのは、どうやら確かなようです。

なので、
どんな暮らしにおいても、
生かされている自分の命に感謝して、
その現状を存分に味わう事、それが大切ですね。

それには、
“自分” を好きでいなければなりません。

自分が自分の事を好きなら、
どんなに辛い状況の中でも、
救いとなるような心の拠り所を、必ず見つける事が出来ますから。

人生を楽しめるかどうか、は、
自分が自分の事を好きでいられるかどうか、これにかかっています。

以前、この『ソフビ大好き!』を読んだ或る知人から、

 「コレクションの写真だけでなく、
  自分の写真まであんなに何枚も載っけて、
  長々と自分について書いて、
  あなたは、本当に自分の事が好きなンですねぇ~」

と嫌味ったらしく言われ、半笑いで馬鹿にされた事がありました。

僕は自分の事が好きなので、
まったくもって
おっしゃるとおりなのですが、
それを馬鹿にする、というその人の神経が解かりませんでしたね。

自分の事を好きな僕を馬鹿にする、という事は、
その人は、その人自身の事をそれほど好きではない、という事ですから、
そんなンで、よく笑っていられるな、って思います。

だって、
この先、その人の人生にどんな幸運が訪れようとも、
その人は
その人自身を好きでないのですから、
その訪れた幸運を
べつに喜んだりも嬉しく思ったりもしないわけでしょ?
つまり、
その人が幸せな気持ちになる事は一生無い、という事です。

それなのに他人を嘲笑して生きているのですから、
救いようがありません。
馬鹿にされるべきは、その人の方だと思うンですけどね。

それに、
自分の事を自分が好きでないなら、
この世の中に
自分の事を好きな人は
ただの1人もいない可能性だってあるわけでして、
一生懸命生きてるのに、
そんな哀しい事といったらないと思うのです。

へたすりゃ、
すべての他人から嫌われてるかもしれませんし・・・。
少なくとも、僕は、
僕の事を馬鹿にしたその人の事は大嫌いですので(笑)。

それに対して、
僕の事を好きな人がこの世に1人もいない可能性は、ゼロです。
絶対にありえません。
だって、
僕が僕の事を好きなのですから、すでに1票は獲得してますもの(笑)。

冗談でなく、
この世に生を享けた以上、
せめて自分は自分の事を好きでないと、“命” に対して失礼です。罰が当たります。

僕は罰当たりにならないためにも、人生を楽しみたいのです。

54歳にしてアルバイトで生計を立てているトリプルワーカーが、
毎日を生き生きと過ごせる理由も、
そこにあります。
 
 
そんなわけですので、
最後に、
こんな写真も紹介させていただきましょう(笑)。 
バンドやってた頃の写真を探してたら出てきた1枚で、
ライヴのチラシに
メンバーひとりひとりの顔写真を載せるため、撮影したものです。

 リューベンさんのデビュー曲『薔薇の嵐』の
 ジャケット写真を真似して撮った、

と記憶していたのですが、
よく考えたら、
『薔薇の嵐』のジャケット写真で
リューベンさんは薔薇なんか銜えていないので、
なんで薔薇を銜えたのか、不明。
ただ、
これをカッコいい、と思っていた事は確かです(笑)。
 

ドラムの子と撮り合っこしたのですが、
その子が

 「俺も薔薇を銜えたい」

と言ったのを、

 「僕の写真とカブるからダメ」

って却下した事を憶えています。

 薔薇を銜えるのは僕、

と死守しなければならないほど、
やはり、カッコいいものだと思っていたのでしょう(再笑)。

また、
いざチラシを作る際になって、
ボーカルの子が、

 「ベースがボーカルより目立つのはおかしい」

と言って、
僕のこの写真にケチをつけてきたので、

 「べつに薔薇を銜えンでも、
  お前みたいな華の無い顔よりは、
  僕の顔写真の方が目立つに決まっとるンだで、どっちみち同じだて!」

と言い返して、喧嘩になりました。

やはり、
僕はどうしても薔薇を銜えたかったようです(再々笑)。



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