真水稔生の『ソフビ大好き!』


第155回 「新たな戦いの狼煙」  2016.12

さっきまでマミーズのメンバーと飲んでました。
“ソフビコレクションを眺めながら独りでちびちび” も良いけど、
仲間と飲むのも、
やっぱ、楽しいものです。

僕が監督を務める草野球チーム・マミーズが
結成25周年の記念すべきシーズンに見事リーグ優勝を果たした事は、
以前、第95回「オレ竜・強竜・黄金竜」の中で述べ(自慢し(笑))ましたが、
その後は不甲斐ないシーズンの連続、
気づけば、
5年の月日が流れていました。

・・・そうです。今年は結成30周年だったのです。

 「縁起の良いメモリアルイヤーに、
        優勝旗を今一度この手に!」

と、
開幕前には決起集会まで開き、
大層勢い込んで臨んだ今季リーグだったのですが、
結果は、10チーム中6位。

優勝争いするわけでもない、
かといって、
コテンパンにやられるわけでもない、
30周年を飾るには
あまりに中途半端で地味な、
なんでもないシーズンとなってしまいました。
ガッカリ。  
 
 
昔は、
優勝こそ出来なくても、優勝争いには毎年参加していたンですけどねぇ・・・。
ここ10年くらい、
5年前の優勝したシーズン以外は、すべてBクラスに低迷しています。

・・・“老い” でしょうかね、やっぱ(苦笑)。

新しく加入した若いメンバーもいますが、
それでも平均年齢は40代後半。
劣化・弱体化も、仕方のない事かもしれません。

30年もやってるわけですからね、なんといっても。

オギャーと生まれた赤ん坊が三十路を迎えるだけの月日の間、
振り返れば、いろんな事がありました。
5年前の優勝が
ベストワンの出来事ならば、
ワーストワンの出来事は、“乱闘事件”。
今日の酒の席でも、
思い出話に花を咲かせる中話題にのぼり、皆で苦笑し合いました。

真剣勝負のプロ野球ではなく、
素人が遊びでやってる草野球で乱闘なんか起きるのか? って話ですが、
誠にもって恥ずかしい事に、起きたンです、それが。

もう20年以上昔の話ですが、
起こしたのは、T君。
僕が勤めていた会社(当時の僕はサラリーマンでした)の後輩で、
野球が大好きゆえ、
入社早々、マミーズの一員になってくれた男でした。

実は、そのT君、
なんと、ハロルド作石先生の高校時代の同級生であり、
先生の漫画『ゴリラーマン』の準主役・藤本の、モデルとなった人物でもありました。

ちなみに、
『ゴリラーマン』は、
作品そのものがハロルド作石先生の高校生活をモデルに描かれており、
T君から聞いたところによると、
藤本以外にも、
仁村とか不破とか、
桂べかこ(現・桂南光)さんに顔が似ているから “べかちゃん” と呼ばれている田辺とか、
何人かの登場人物は、
ハロルド作石先生の同級生がモデルになっているし、
主人公のゴリラーマンこと池戸定治も、実在の人物だそうです。

んでもって、
彼らが通う白武高校は、
当然の事ながら、ハロルド作石先生らの出身校である名古屋の守山高校がモデルだし、
作品中に出てくる東今中駅は、
名古屋市東区にある大曽根駅がモデルだそうです。

あ、そうそう、
校長先生が飼ってた鯉を釣って、
見つかりそうになったから慌てて水洗便所に流したエピソード、
あれも実話だそうです。
とんでもない高校生だ(呆)。

・・・で、そのT君、
『ゴリラーマン』でも描かれていたとおりスポーツ万能の男で、
僕なんかと草野球をやるにはもったいないくらいの、実に素敵な選手でした。

シングルヒットでは物足りなく感じてしまう大スラッガーでありながら、
グラブ裁きも上手いし、肩も強い。
やや “おデブちゃん” な体型ながら、脚力が強いから足もめちゃくちゃ速く、
攻・守・走の三拍子が揃った、
マミーズ史上最高の、スーパープレイヤーでした。

ただ、
ひとつだけ欠点がありました。
それは、
“超” が付くほど沸点が低い事。
普段は元気で明るくて楽しい男なのですが、とにかく短気。
些細な事ですぐにブチ切れるのです。
なんたって、

 通勤電車の中で高校生が鈴木保奈美の悪口を言っていた、

という理由で腹を立て、
出社するなり会社の傘立てを破壊したくらいですから。

その高校生がどんな悪口を言っていたか、
T君がどれくらい鈴木保奈美さんの事を好きだったか知りませんが、
日常起こり得るその程度の事で、
いちいち超人ハルク化するのですから、周囲の人間はたまったモンじゃありません。
しかも、
これまた『ゴリラーマン』でも描かれていたとおり腕っ節がめっぽう強いため、
暴れだしたら誰も止められません。
怒りが治まるのを待つしかないのです。
本当に超人ハルク。
実にやっかいな男でした。

試合中に
そんなT君のスイッチが入らないよう、僕は常に気を配りました。
ヤジとかデッドボールとかビミョーな判定とか、
普通の人なら水に流してすぐに気持ちを切り替えられる事でも、
T君には、充分な起爆剤と成りえたからです。

現在所属している連盟は、
顧問に
中日ドラゴンズのOB・高木守道さんや
愛知県知事、市議会議員の先生方が名を連ね、
開会式や表彰式が年間行事としてあり、
監督会議も毎月しっかり行われる、きちんとした団体ですが、
当時所属していた連盟は、
“自称・私立探偵” という胡散臭いおっさんが1人で運営し、
開会式や表彰式はもちろん、監督会議さえ行われない、
実に疎放で無責任な、
なんともお粗末な団体でしたので、
平気で試合開始時間に遅れてくる(ひどい時には試合そのものをすっぽかす)非常識なチームや、
整列の際に
非友好的な態度で睨みつけて(いわゆる “ガン” を飛ばして)くる無作法なチームも
多く所属していて、
T君を刺激する危険な要素が、球場にはいっぱいあったのです。

なので、
ベンチ内では、
試合の指揮を執る傍ら、
クダラナイ笑い話はもちろん、
応援に来ている選手の彼女や奥さんたちが引いてしまうような下ネタ話さえも
僕は積極的にして、
T君を笑わすよう、努めました。

なんでそうまでして・・・、と思われるかもしれませんが、
前述したように
チームを勝利に導くスーパープレイヤーでしたから、
やっぱ魅力的でしたし、
こういう人間を上手に操縦してこそ監督、とも考えていたので、
T君には
どうしてもマミーズの一員でいてほしかったのです。
入社早々、

 「マミーズに入れて下さい」

って言ってきてくれた事も嬉しかったですしね。


でも、事件は起きてしまいました。
或るチームとの対戦中、
クロスプレーをめぐって、
ショートを守っていたT君と相手走者が口論となり、
やがて掴み合いの喧嘩。
そして、両軍ベンチから全てのメンバーが飛び出してくる事態に発展したのです。

喧嘩を止めに入った僕も、
誰かに襟を引っ張られたり、蹴られたり、「ぶち殺すぞ!」などと言われたり、
散々な目に遭いました。

騒動は連盟会長の耳にも入り、
翌日、お叱りの電話がかかってきました。
しかも、
実はその相手チームは
反社会的組織関係の人たちで、

 「カタギのチームが調子に乗ってした事なので、
  どうか大目に見て許してやってほしい、って謝っといたけど、
  本来なら、あんた、腕の1本や2本折られとるで」

と脅されました。
連盟会長、といっても、
自称・私立探偵という胡散臭いおっさんの言う事なので、
どこまで本当か解りませんが、
そう言われてみれば、

 選手たちは強面で柄の悪い人ばかりだったのに、
 監督だけは妙に紳士だったし、
 真夏だというのに全員長袖のアンダーシャツを着てたなぁ・・・、

と思い出し、ゾッとしました。

まぁ、でも、
相手チームがどんな人たちであれ、
試合中に乱闘なんて、社会人としてあるまじき行為。
僕は、T君に、
連盟からも厳重注意があった事を伝えて戒め、

 「頼むから、もう少し大人になって、我慢してくれ」

とお願いしました。

けど、無駄でした。
T君はその翌年にも、
別のチームと、再び同じように “乱闘” を引き起こしたのです。

それも、
今度は理由が酷すぎました。

試合当日、T君は帽子を忘れてきたため、
僕が予備で持っていた帽子を貸してあげたのですが、
それがT君の頭のサイズにはやや小さく、
T君は、
髪のセット(リーゼント)が乱れるのを嫌って
しっかり着帽せず、頭に乗っける感じでプレイしていました。
なので、
体を動かす度に帽子が脱げて地面に落ちるわけですが、
それがそのうち鬱陶しくなったのでしょう、
或る回、T君は、
帽子をかぶらないでお尻のポケットに入れたまま守備につきました。
当然、
審判からは注意されますが、
 
 「サイズが小さいンだで、しょうがないだろ!?」

と反発。
その態度・言動を不快に感じた相手チームの選手たちがそろってT君を睨みつけ、
その視線を感じたT君は、

 「何見とンだ、てめェら!」

と怒鳴り・・・。

もう、短気というよりは幼稚。ガキ。中坊。
話になりませんでした。

前回と同じように、
相手チームは血の気の多い人たちばかりでしたので、
僕や他のメンバーは
喧嘩を止めに入っただけなのにもかかわらず
胸ぐら掴まれたり小突かれたりする始末。
非は完全にT君にあるのですから、こちらとしては謝るしかないし・・・。
災難でした。

 こんな事が頻繁に起きるようでは、
 皆が試合に来たがらなくなってチームが崩壊してしまう・・・、

そう判断して、
数日後、僕はT君放逐の決意をした次第です。

野球の技術は
本当に素晴らしかっただけに、
なんとも残念な事でしたが、仕方ありませんでした。

上手に操縦する、なんて、僕の思い上がりだったのです(哀)。

もう連絡もとってないけど、
T君、今はどこでどうしているのか。
年齢を重ねて、少しは落ち着いてくれたかなぁ・・・。


マミーズの30年を振り返って書くエッセイで、
なにも、
こんな汚点のような出来事を取り上げなくてもいいような気もしますが(苦笑)、
これは、間違いなく、
マミーズが歩んできた日々の一部。
体裁の良い事だけで、
“30周年” を迎えるような長い歴史、作れませんから。
   

さて、ソフビコレクションの紹介ですが、
今回は、
“30周年” をキーワードに、この人形を選びました。









ゴジラ'84

バンダイ製 ゴジラコレクション、全長約15センチ。

約10年ぶりのゴジラ復活となった、
昭和59年(1984年)公開の
ゴジラ誕生30周年記念映画『ゴジラ』に登場した、ゴジラです。

昭和から平成へと元号が変わるには、まだ4年ほどかかる頃の商品ですが、
ソフビ人形の造形は、
すでにデフォルメからリアルへと、時代が変わっていました。
           ただ、劇中のゴジラには、今ひとつ似ていません。
 なぜかとういうと、それは、
 実物の着ぐるみではなく、
 雛形(デザインや造形を検討するための試作品)をモデルに
 この人形が作られたからです。
 おそらく、
 映画公開と同時に発売するため、
 早々に商品開発に取り掛かったがゆえの事でしょう。 
 
            ゴジラ復活が嬉しくて仕方なく、
着ぐるみスーツが出来上がるのも待てずに造形を始めちゃってる、
そんな、バンダイの担当者や原型師を、
僕は勝手に想像して、楽しんでいます(笑)。


こちらは、
平成17年に発売された、
“ゴジラ50周年メモリアルBOX” の中の、84年度版ゴジラ。
バンダイ製、全長約16センチ。

今度は、着ぐるみを再現したリアル造形。
渋いです。 
     
         
      オモチャの人形で
実物ゴジラの雛形と着ぐるみが確認・比較出来るなんて、
リアル造形の時代も意外と楽しいですね(笑)。 


特撮ファン・怪獣ファンにとっての今年いちばんのニュースは、
やはり、映画『シン・ゴジラ』の公開・大ヒットだったのではないでしょうか。

一昨年のハリウッド版ゴジラが面白かっただけに、

 ゴジラの国である我が日本が
      それに負けるわけにはいかない、

というファンの期待を裏切らない、とても素晴らしい映画でした。
劇場で、

 やっぱ、ゴジラはすげェな、

と誰もが納得した事と思いますが、
そんな、
今日のゴジラの絶対的存在があるのも、
この昭和59年の『ゴジラ』があったからではないか、と僕は思います。

昭和59年なんて、
怪獣とか特撮ヒーローとかが忘れ去られていたような時代の、ホント、ド真ん中でしたからね。

そんな時期に、
「ゴジラは不滅だ!」と世にアピール出来た事に、意味があるンです。

しかも、
結果的にこの作品が “昭和最後のゴジラ映画” となり、
『ゴジラ対ビオランテ』から始まる平成ゴジラシリーズへと繋がっていったのですから、
言ってみれば、
この昭和59年の『ゴジラ』は、ゴジラの新たな戦いの “狼煙” でもあったわけです。

単に “30周年” を記念して立ち上がった事が、
ゴジラ映画の歴史において、とても重要なモニュメントにもなりました。

我がマミーズも、
“老い” だなんて言ってショボくれていないで、
ゴジラ映画のように、
“30周年” を狼煙にして、
来年から、また新たな戦いへと、向かっていこうと思います。 



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