真水稔生の『ソフビ大好き!』


第101回 「サボテンの花」  2012.6

先日、恥ずかしながら彼女と喧嘩をいたしまして、
ブチ切れた彼女が、
我が家にある彼女の私物をほとんど持って、出ていってしまいました。

突然独り残されてしまった部屋で、
ふと気づくと、
自分は悪くない、という意地からくるものなのか、
それとも、
女は信用出来ない、と心のどこかでいつも思っていたがゆえのものなのか、
僕は、
特に動揺する事も無く、
意外にもわりと平気な感じで、
チューリップの『サボテンの花』などを口ずさんだりしておりました。
冬ではないので雪も降っていませんでしたし、
洗濯中ではなかったので
シャボンの泡も揺れてはいませんでしたが。

で、
彼女が作ってくれる晩御飯を一緒に食べるはずだったその日の夜は、
コンビニ弁当を独り淋しくチンしたのですが、
その際、
付属のソースの袋の模様に、ふと目が留まりました。



緑色のギザギザ、
それは、
まぎれもなくサボテン・・・じゃなくて、バラン。
弁当のおかずの仕切りに用いるプラスチックの装飾品・バランの、
その色と形が、
ソースの袋の裏側に
デザインされていたのです。
ずっと以前からそうだったのかもしれませんが、
僕は初めて気づき、
洒落てるなぁ・・・、と妙に感心してしまいました。

       バランは、
子供の頃、母親がよく弁当に使用していたので、
僕にとっては、
ソフビ怪獣人形に対する思いにも似た感情が湧いてくる、
ノスタルジックな “心のアイテム” のひとつなのです。
目にすれば、
母親の顔、姿、声、
そして、
母親が作ってくれた弁当を食べていた子供の頃の日々が、
瞬時によみがえってきます。

彼女が去っていった孤独の中、
コンビニ弁当をチンして食べる侘びしさに、
亡き母を思い出す事で感じる淋しさも加わり、
なんとも感傷的な晩御飯になってしまいました(笑)。


ところでこのバラン、
“おかずの仕切り” といっても、
ペラペラの紙のように薄い代物ゆえ、
汁が漏れたり滲みたりするのを防ぐ効果はほとんど無く、
実際のところ、
“飾り” として弁当の中に入れられるのが主たる用途であり、
ほとんど無用なもの、と思っている人や
気にした事も無い、という人が大半でしょう。

だけど、元々、
葉蘭(ハラン)という植物の葉を包丁で細工したものを
寿司や刺身の盛り付けに “飾り” として添える文化が和食の世界にはあり、
それを弁当に再現して
彩りや雰囲気を楽しもうというものなわけですから、
バランは、
どうしてどうして
なかなか粋な存在だ、と僕は思うのです。

ましてや、
ソースの袋の絵柄に
さりげなくデザインとして取り入れるなんて、
日本の食文化を愛する意識が、ちょっとした “こだわり” として感じられます。

しかもそれが、
手っ取り早く腹の足しになればいいだけの
数百円のコンビニ弁当に付いてきたのですから、
世の中まだまだ捨てたモンじゃないな、と
心がほっこりしてしまいました。

何を大袈裟な、と笑われそうですが、
恋が終わった孤独な心には、
こういう何気ない事が妙に沁みるものなのです。

って、
やっぱり全然平気じゃなかったりして(苦笑)。


では、
あまり女々しくならないうちに、
とっとと、いつものようにソフビの話に参りましょう。
今回取り上げる怪獣は、
お察しのとおり、バランです(笑)。



バランは、
1億8千年前の中生代の恐竜・バラノポーダーの生き残り、
という設定の怪獣であり、
弁当のおかずを仕切る装飾品とは何の関係もありませんが、
“飾り” という点では、
共通していると言えなくもありません。
僕らの世代にとって、
バランは、まさにバランのような怪獣だったのです。
・・・って、わけわかんないな(笑)。
丁寧に言おう。
怪獣のバランは、装飾品のバランみたいな存在だった、って事です。

というのも、
昭和33年公開の東宝映画『大怪獣バラン』は、
なぜか怪獣ブームの頃もリバイバル上映やテレビ放映が無く、
幻、と言うか、
その作品の存在すら子供たちには知られておらず、
僕らが認識していた怪獣バランは、
『怪獣総進撃』(昭和43年公開、その後もリバイバル上映やテレビ放映有り)に
チラッと登場しただけのエキストラ怪獣で、
まさに “飾り” だったのです。

その『怪獣総進撃』、
あるいは、
怪獣図鑑や怪獣ブロマイド、
といったもののおかげで、
僕らはバランという怪獣の存在を知ってはいましたが、
まさか、
ゴジラやラドンやモスラのように
単独で主役を張った怪獣だとは夢にも思いませんでした。

怪獣ブームの際、
『大怪獣バラン』をリバイバル上映やテレビ放映してくれたら
バランの知名度や人気もグッと上がったと思うのですが、
東宝がそれをしなかった理由が、
大人になってから作品を観た際、なんとなく解った気がしました。

美術や音響などは
やはり優れているので、
特撮映画好きの人なら、楽しめる箇所はいくつかあります。
でも、
怪獣が現れて自衛隊がそれを倒す、という単純なストーリーが
何の “ひねり” も “深み” も持たぬまま
只々地味に流れていくだけで、
ドラマとしての盛り上がりに著しく欠けるのです。
全体的に緊迫感が無く、感情移入が出来ません。
怪獣映画のファンとして贔屓目に見ても、“面白い映画” とは言い難いものでした。

海外で放映される連続テレビドラマとして製作が開始されながら、
発注側からキャンセルを喰らい、
劇場公開作品としての完成に途中から変更された、
という事実を
後になってから知り、
予算が大きくカットされた中
当初の予定と違うものを無理矢理撮らされたスタッフの醒めた熱意を想像して、
“切れ” や “パッション” が感じられないその映像に、
妙に納得してしまった次第です。

『ゴジラ』、『空の大怪獣ラドン』、『モスラ』と比べると、
明らかに完成度が低く見劣りがするし、
製作過程におけるそんな経緯から、
『大怪獣バラン』には
東宝としては今いちテンションがあがらず、
自信を持てないまま、なんとなく封印してしまったのではないでしょうか。
そんな気がします。


でも、
僕ら子供たちには
そんな事はあまり関係無いから、
やはり見せてほしかったものです、あの怪獣ブームの頃に。

バランが、
ムササビのように飛膜を広げて空へ舞い上がるシーンや
照明弾を飲み込むシーンなどは、
子供には間違いなくウケたと思います。
あるいは、
リバイバル上映やテレビ放映に気乗りしないなら、
いっその事、
『ゴジラ対バラン』で新作を撮ろう、なんて話にはならなかったのでしょうか。
だって、
バランは、
姿形もカッコいいし、
水中でも陸上でも活動出来て、
おまけに空まで飛べる、
という、可能性のかたまりみたいな怪獣なのだから、
送り手である東宝が
そうやってちゃんと推してくれたら、
子供たちから支持を集める人気怪獣に、確実になりえた逸材です。
ゴジラと迫力満点のバトルを繰り広げる事も
容易に想像出来ます。
それに、
そもそも『大怪獣バラン』の予告篇では、

 “ゴジラよりも凶暴、ラドンよりも巨大”

なんて宣伝されていた、まさに “大怪獣” なのだから、
今日のような、
怪獣マニアの間だけでひそかに愛されるなんて存在には、絶対になっていないはず。
もったいないです。

       

でも、さすがブルマァク。
そんなマイナーなエキストラ怪獣でも、
ちゃんとソフビ怪獣人形として商品化してくれていました。
それもスタンダードサイズ(全長約22センチ)で。

劇中のバランとは、かなりイメージが異なる造形のため、
実物の姿形のカッコよさがあまり伝わってこず、

 「これはデフォルメじゃなくて、ただヘタクソなだけの造形だ」

などと、人形の出来を馬鹿にするソフビ愛好家もいるようですが、
僕は、
そこがまた、
魅力的な怪獣でありながら
主演映画ともども存在自体が冷遇されたバランの歴史的事実を
プロフィールとして受容しているようで、
なんとも哀愁を感じてしまい、
ブルマァクの中でも結構好きなソフビだったりします。


そういえば、
冒頭で『サボテンの花』を口ずさんだ話をしましたが、
生態を正しく理解し、
ちゃんと管理して育てないと、サボテンには花が咲きません。
バランは、
ちょうど、そんなサボテンのようです。
東宝がその栽培を怠ったがために、
“メジャーな人気怪獣になる” という花を咲かせ損ねたのです。

この2種のほかにも、
いろんなカラーバリエーションが存在するバランのソフビは、
ブルマァクが東宝に代わって咲かせた、色鮮やかな花のような気がします。
子供の頃に印象が薄かった分、
大人になった今、濃厚な思いで、
今後も、その花を何色何種類と揃えていこうと思っています。


    これは、
ソフビとは関係ありませんが、
『大怪獣バラン』で、
バラン退治に重要な役割を果たす、
杉本博士を演じた千田是也さんの、『近代俳優術』。
演劇のバイブルです。

以前、舞台で共演した先輩の女優さんが、
芝居を始めた頃に
千田さんから直接薫陶を受けたそうで、
 「その教えを貴方にも・・・」と
プレゼントしてくれました。
上巻が昭和24年発行、
下巻が昭和25年発行、
という古い本ですが、
芝居をカタチから入ろうとする僕に
演技の基本を学ばせるべく、
古本屋やネットで探して下さったみたい。
感謝、感激。
   或る時、テレビのトーク番組で、
 宇津井健さんが、
 若い頃、この本を電車の中でも必死に読んだ、
 というお話をされていたのを見て以来、
 電車に乗る時には必ず持ち込み、宇津井健さんになった気分で読んでいます。
 ・・・って、
 結局カタチから入る僕(笑)。
 いつまでたっても、役者としての花は咲かないな。




ところで、僕の彼女ですが、
『サボテンの花』に歌われている女性と違って、
1週間後に何食わぬ顔で戻ってきてくれました(ホッ)。
今、隣の部屋で
『新婚さんいらっしゃい!』を観ながらケラケラと笑っております。

・・・なんか今いち納得がいかない気もしますが、
今回だけ、
特別に仲直りしてやる事にします。バランに免じて(ナンノコッチャ)。
まぁ、
喧嘩両成敗、ってヤツですな。

 ♪ わがままは女の罪 それを許さないのは男の罪

・・・あ、逆か?
ってか、歌が違うね(笑)。


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